白居易が歌妓の更なる一曲を求め 「琵琶行」

琵琶の形状は、糸倉(ヘッド)が直角に後へ曲がった今日の四弦琵琶のようではなく、糸倉がまっすぐで、背面にペルシャ様式の見事な螺鈿細工が施されている。どのような音を発するのか大いに興味の引かれるところだが、もはや「宝物」となったその琵琶が、古いヴァイオリンの名器のように整備されて再び演奏に使われることは、おそらくないだろう。

その時代の琵琶の音色がいかに秀逸であったかを知る術はないが、中国に、琵琶の奏でる豊かな情感を記録した詩文が存在している。

白居易長編詩琵琶行」は、作者が江州の司馬へ左遷された翌年(816年)の作である。その左遷された失意の地で、ある月夜の晩、旅立つ友人のためにささやかな船上の宴を催した。ふと水上に聞きつけた琵琶の音。田舎に似合わない洗練された音色に引かれ、その琵琶弾きの女の小舟を呼び寄せた。灯火を向けると、女は袖で顔を隠している。

乞われて琵琶を弾き始める女。その奏でる琵琶のあまりの見事さに、いつしか他の船まで周囲に集まり、声を潜めて聴き入っていた。秋の夜は更け、白い月が長江の真上にかかっている。 

聞けば女は、かつて長安の都で人気を博した美貌の歌妓で、琵琶も師匠から正式に習ったものだが、年をとり容色が衰えた今は商人の妻になっているという。その夫は金儲けばかりを考えて外出したまま帰らず、妻の私はこうして小舟で琵琶を弾きながら涙を流し、若かりし昔日を懐かしんでいるとのこと。

女の話を聴いた白居易は、左遷されてこの地へ来た我が身を重ね合わせ、その人生の無常に深く共感する。琵琶の更なる一曲を女に求め、自分はこの物語を詩に遺すことを約束する白居易。こうしてできた「琵琶行」の最終段は次のようになっている。

凄凄不似向前声、 

(再び演奏し始めたその音色はもの寂しく、先ほどの音とは比べものにならない。)

満座重聞皆掩泣、 

(満座の人々は、琵琶の音を聴いて皆顔をおおって涙にくれた。)

座中泣下誰最多、 

(その中で、最も多く涙を流したのは誰だったか。)

江州司馬青衫湿。 

(それは他でもない、青い袖を涙でぐっしょり濡らした江州司馬の私だった。)

詩人・白居易が涙で袖を濡らしたという、月夜の琵琶の音色。それを想像できる感性を持ちたいと心から願う。
 

(穆)