[探訪種子島―逸鶏] 世界で唯一 この島だけ

“幻の鶏(広東鶏)”の末裔 種子島で123年間、奇跡的に生きている!!

日本の鹿児島県・種子島には、百有余年前、外国人によってこの島に持ち込まれた珍しい鶏(種子島での呼称:インギー鶏)がいる。専門家によるとインギー鶏のルーツは中国・広東省南部だが、今日では現地にも生存しない”幻の鶏”となっている。種子島(南種子町)では、島民の手で、この”幻の鶏”を今も大切に育てている。
インギー鶏の由来、異国の地で123年間もの長きに渡り、純血を守り、命を繋いできた”奇跡の鶏”に迫る。

英国人の置き土産

1894年4月25日、中国・上海(Shanghai)から、米国ワシントン州・タコマ港(Tacoma)へ向け、航行中の英国帆船「ドラメルタン号」は、午後11時頃、春の嵐に遭遇し、種子島南部の海岸(岩礁)に座礁した。
同船の乗組員23名(英国人22名、華人1名)は、近くに住む村人たちの救援で無事に上陸を果たす。翌日から乗組員は、島民と一緒に同船の離岸作業に着手したが、全く上手くいかない。そこで、コーウェル船長は本国(英国)に救援を緊急要請した。6月に入り、英国東洋艦隊の艦船が種子島(前之浜沖)に次々と到着し、離礁作業の準備に取り掛かった。
6月15日、干満の潮流を利用した艦船6隻の共同作業で、横倒していた「ドラメルタン号」をついに沖合まで曳き出すことに成功。翌日、同船は修理のため長崎の造船所に曳航されていく。
インギー鶏は、乗組員たちの食糧用として、船内で飼育されていた鶏である。村人とこの鶏の縁は、船員たちが約2ケ月間にわたり、この地で共同生活した最後の夜(砂上の宴)、救援や乗組員への接待の謝礼として村人に鶏(11羽)を贈呈したことに始まる。

異国から奇縁で来日した鶏が、百有余年間の永きにわたって大事に育てられていること自体、奇跡的である。「インギーさんからお礼にもらった置き土産の鶏だから、大切に育てる」と心に誓い、親子三代にわたって飼育してきた村人たちの心の優しさ、温情が胸を打つ。

インギー鶏の特徴

鹿児島大学・名誉教授の故・橋口 勉氏らによると、インギー鶏は「コーチン種(Cochin)」に属し、中国・広東省南部原産の品種とみられ、「英陽鶏」が祖先であるとしている。ドラメルタン号が上海で食料を調達した際、積み込まれたのであろうと推定されている。学術的にも大変珍しく、世界でも原種は種子島にしか残っていないと言う。尾骨はあるが尾羽がないように見える(尾羽が縮れる)、とても貴重な鶏。一般の鶏に比較すれば、個体は小さく、肥育期間が長くかかるなどが特徴。ちなみに、「インギー」という名前は、ドラメルタン号の船員たち(イギリス人)を「インギーさん」と呼んでいたことに由来する。

インギー鶏育種会

島の人々は、2013年4月23日、インギー鶏が鹿児島県の天然記念物に指定されたことを期に「インギー鶏育種会」を結成した。123年もの間、島の先人たちが大切に守ってきた愛鶏文化を伝承し、インギー鶏をシッカリ育て、きちんと後世に伝えていくことを主たる目的としている。

現在、天然記念物に指定されているインギー鶏は約100羽、毎年開催される品評会で認証された優良鶏だけが天然記念物に指定される。保存会の会員は、餌に種子島の甘藷(芋)を混ぜたり、飲料水に地下水を使ったり、できるだけ自然に近い方法で工夫しながら飼育している。渡り鳥からのウイルス感染が危惧されるので消石灰をこまめに撒き、病気を未然に防ぐよう注意している。健康な鶏に育てるには手間も時間も要する。インギー鶏は、今や”島の生きた宝”であり、英国や華人たちとの友好の絆・友情の証でもあり、末永く大切に守り育てて欲しいと願うばかりである。

種の保存と食用

 

種の保存と食用

南種子町では種の保存施策を行う一方、1995年度からインギー鶏を食用として活用する施策に取り組んできた。また、新たな特産品を開発すべく「インギー地鶏」の研究にも着手した。その結果、今ではインギー鶏の特徴を持つ「インギー地鶏」=優良配合鶏「黄紋プリマスロック(雌)×インギー鶏(雄)」=F1種が誕生し、食用としての飼育が始まっている。
インギー鶏及びインギー地鶏は、いずれも、国際友好の物語(story)を持つ鶏として、注目されている。遙か遠い中国大陸から大海原を渡り、異国の地で1世紀の時を経て、両親を超える優秀な子供たちが、いま誕生したのである。
インギー地鶏は、弾力のある肉質と深い旨みが特徴。地元の飲食店では、鶏刺身、焼き鳥、唐揚げ・すき焼き・水炊き・鶏鍋など多彩なメニューが提供され、人気となっている。

町の特産品

南種子町では、この素晴らしい地域資源(インギー地鶏)を有効活用したい。地元の新しい特産品として育成すべく取り組んでいる。しかし、まだ生産者数も少なく、大量供給体制が構築できていないため、地元(島内)消費がほとんどである。よって、まだ市場に広く出回っていない稀少な鶏肉となっている。歴史を紐解いてみれば、実は外国産(外来鶏)という、不思議なルーツを持つ鶏肉、ぜひ多くの方に食べていただきたい食材である。

インギー鶏の未来

種子島の自然が育んだ奇跡の結晶、”インギー鶏”とその子孫たち。スタートは、僅か11羽。鶏は、近親交配により遺伝子の多様性が失われることで遺伝病や障害の発生率が高くなったり、特定の伝染病に弱くなったりするリスクが在るが、どうにかここまで頑張って命のバトンを繋いできた。

動物の命は一度消えれば、永遠に戻れない。単に飼育するだけでは、いずれ自然に淘汰されていくことになる。貴重なこの鶏種の保存に向けて、インギー鶏の未来に向けて、皆で一緒に知恵を結集したいものである。インギー鶏の故郷は広東省。今一度、インギー鶏の目線で、心で考えてみたい鶏である。

(遥)