樋口一葉の短編『大つごもり』。書かれたのは1894年という。一葉、22歳の作品と聞いて、その秀でた文才に驚きを禁じ得ない。
▼大つごもり、とは年末の大晦日のことである。当時、借金の清算が求められるこの日を、なんとか耐え抜くことが、金銭に乏しい庶民にとっての一大事であった。お峯(みね)という奉公人の娘がいた。年は十八。心優しく、よく働く娘だった
▼が、その優しさゆえに、この物語のなかで自殺の一歩手前まで悩むことになる。その年の大つごもりを前にして、お峯は恩のある伯父のため、自分が奉公する山村家へ二円の借金を頼もうとする。ところが、どうしてもそれを言い出せない。
▼お峯は悩み、思い余って、硯の引き出しにあった二十円のうちの二円を抜き取ってしまう。それが露見しそうになり、舌を噛み切って死ぬ覚悟を決めるお峯。ところが引き出しにあるはずの残金十八円がない。あったのは、山村家の放蕩息子の石之助が記した「借り状」だった。引き出しの分も拝借致し候、と。
▼どうやら石之助は、お峯が二円を抜き取る場面を陰から見ていたらしい。石之助の義侠心がお峯をかばったようだが、一葉が実にうまく書いているのは、小説中にその種明かしをしていないところだ。心憎い筆さばきである。
▼今日から、新年度になった。中共ウイルスの大迷惑をこうむることになったお店のご主人は、なんとか昨日の「大つごもり」を乗り越えられただろうか。今は自粛すべし、は分かっている。だが、誠実に商売している人々に多大な苦痛をもたらす中共発の病禍は、やはり許し難い。