【エンタ・ノベル】麻雀の達人(5)-赤兎馬亭-

【大紀元日本6月28日】満福が気付くと、もう日が暮れているのだろうか、暗い坂道をトボトボと歩いていた。「はて、ここは横浜の山の手か?それにしても殺風景なもんだな。麻雀を打っていて…深酒でもしたのだろうか?」。坂の両側は暗くてよく見えず、ただ足元に見える道だけを歩いていた。

坂の上のほうから人が歩いてくる。何か、足元が頼りなげだが、白い服を着ているようだ。すれ違いざまに見ると、その人は顔面蒼白で白装束を身につけ、意気消沈した様子でフラフラと歩いてくる。満福が「今晩は!」と声を掛けても、われ関せずといった風だ。

坂のはるか上に何やら赤い灯火が見える。「しめた!何かの民家だ。何か食わせてもらうか」。しかしいくら歩いてもいっこうにその距離が縮まらない。「はて、何か道に迷っているのか?引き返そうか」と踵を返した瞬間に背後から声を掛けられた。「いらっしぁい!」。

満福が背後を見ると、愛想の良さそうな小姐が「赤兎馬亭」と読める看板の下で微笑んでいる。満福が中に入ると、果たしてそれは雀荘であった。それにしても、中の照明が何やら異様である。真っ赤なのだ。「風俗と併設なのか?」、しかしそれにしては客層が異様だ。

雀卓で興じている人たちは、何やら隋代やら唐代やらといった非常に中国的でクラシックな服装をしているのだ。西洋風なズボンとYシャツ、ジャケットを身に着けている満福がかえってタイムスリップしたようで滑稽で浮いている。

満福が辺りを見渡していると、直ぐに三人が座っている卓に案内された。しかし何やら具合が変なのだ。丸い椅子に座ろうとするのだが、それがスルリスルリと満福の尻から逃げようとするのだ。「何だ、この鰻みたいな椅子は?」、やっと座れたと思ったら今度は肝心の財布がない。

「まぁ、いいや…こちとら生涯不敗の麻雀打ちだ。いざとなれば、裏技も持っている。鴨ってやれ…」、満福は自信をもっていた。「横浜の金です。今晩はお手柔らかに…よろしく」。それにしても、異様な三人だ。いずれも頭を刈り込んでいて、雰囲気はまるで中世の出家者のようなのだ。

三人はそれぞれ、「泰山の顔園です」、「蛾眉山の郭雲です」、「普陀山の良然です」と辺りに響くような声で謳うように自己紹介した。満福が、「まぁ、それはそれは中国のありがたい聖地から一斉にお出ましになって…あれ、今中国では共産主義で伝統的な教えはご法度のはずですが、随分とご苦労なさって…あ、そうか、それで麻雀でもして気分を晴らそうと…」。

すると、泰山の顔園は、したり顔で「朋遠方より来るあり、また楽しからずや…」と言って、何やら意味深な薄笑いを浮かべている。蛾眉山の郭雲という男は、「上善、水の如し。水はよく方円の器に随う…」などとわけの分からないことを楽しげに口走っている。普陀山の良然と名乗る男は、「諸行無常…一切悟空…」と云って瞑目している。

このような修道者風の三人が真っ赤な照明の下でこのようなことを言うものだから余計に異様だ。「はっ、はっ、は、俗世の垢に塗れた小生には、皆さんの大道の境地はさっぱり理解できませんが、まぁ気晴らしにいらっしゃったんでしょうから、さっそくお相手させていただきましょうか…」と、満福は引きつった笑いを浮かべながら、三人の言葉をかき消すように麻雀牌をかき混ぜ始めた。

満福が「では、親を決めましょうか…」とサイを振ろうとすると、顔園が「あなたが東家です」と言う。「え!?仮東も決めていないのに?}と満福が驚くと、郭雲は「生涯で最後の親になるだろう…」と言う。良然はというと、「三世の業力、ここに極めリ」などと言っている。

満福は段々と腹が立ってきた。「何が聖地だ。言いたいことばかり言って…坊主だか修道者だか知らんが、娑婆の厳しさを教えてやる」。満福は、東場の第一局で早々と積み込みを決めると、「はぁっし!」と第一打を切った。 

(続く)