【ショートストーリー】平和の振り子

【大紀元日本10月29日】銀座のとある喫茶店「ラブ・アンド・ピース」には、毎週のようにうるさい市井の論客たちが集まっては時事談義に花を咲かせる。

「…しかし何だね。アメリカのサブプライムローンてのは、素人にはよく分からないね。そもそも他人様の住宅ローンを証券化して何も知らない顧客に売り捌いたってんだから驚いた!世界の警察官も焼きが回ってきたって証拠かな?」、老舗呉服店の主人が鼻を赤らめて力説する。

すると、それに追従するかのように、「世界の金融の中心はアメリカですからね。これに税金を700兆円も注入するとですよ、米国内の内需が冷え込みますから、各国とも輸出が伸び悩んで同時株安の円高不況になりますよ。ああ、年の瀬が怖い!」と証券会社の支店長がワザとらしく息巻く。

「このように世界が不況、日本国内も不況だとすると、国旗に皆が集まるような強い中央集権的な政権が必要だ!米国なら共和党のマケイン!日本なら保守本流の自民党だ!米国も日本もイラクからは絶対に撤退してはならん!」と、少々人相のやつれた中年の紳士が体を右に傾けて力説すると、喫茶店内がざわついた。

「僕はそのような右傾化した思想には断固反対する!大体日本は、第二次世界大戦の教訓を忘れつつあるんだ。”最後の早慶戦”を一度見てくれ!学徒動員の悲哀がいやというほど分かるはずだ。日本の平和憲法・第九条は死守しなくては」と”赤シャツ”が吼えると、喫茶店オーナーの双子の孫がアメリカン・クラッカーをカチカチと打ち鳴らしながら喧しく客のテーブルを行き来する。

「おい!宗太郎と宗次郎!お客さんに迷惑だからアメリカン・クラッカーをしまって早く宿題をしなさい!」、生コーヒーを計り売って、挽いては焙煎をしている初老のオーナーが窘めるが、双子の孫達は一向に聞く耳をもたない。「だって、お父さんは勉強ができるより、逞しく育ってくれたほうがいいって言ってたよ~。だから遊ぶんだもんね」。

「それはそうと、マスターは毎日私らの話を聞いていてどう思うかね?」と赤シャツが水を向けた。

「…私は学の浅い単なる耳年増でして…ただ生活の習慣としまして、朝は東に向いて朝陽を拝み、夕べには西に向いて夕陽を拝みます。お金が無いときには、倹約に努め、お金に余裕にあるときには孫に何か買ってやります…」、焙煎したコーヒーのいい香りが店内に立ち込め始め、店内の客達は麻酔に掛かったように一瞬静まり返った。

「おじいちゃん!アメリカン・クラッカーが壊れちゃったよ!」、宗太郎が頬を膨らませる。「あ~年代物の玩具だからな。ファミコンよりも格段いいもんだと思って与えたんだが、やっぱり古いもんは駄目なのかねぇ」、マスターが壊れたクラッカーを手にしてコーヒーをぐいと一飲みすると、店内の客達はさもつまらない意見を聞いてしまったという風に、また大袈裟なジェスチャーを交えては時事談義に花を咲かせ始めるのだった。