【ぶらり散歩道】ー熊本篇ー古代の山城:鞠智城(きくちじょう)
【大紀元日本9月30日】今回は、古代の山城と古代米を訪ねて、熊本県北部の山鹿市(やまがし)へ遊びに行ってきました。そこで、ちょっぴりお勉強もしてきました。
7世紀、百済へ援軍を出した日本は、663年に「白村江の戦い」で唐・新羅連合軍の前に大敗してしまいます。今度は日本が戦場になる危機に直面し、大和朝廷は大宰府を守るため、大野城(福岡県)・基肄城(佐賀県)・金田城(長崎県)を造りました。そして、これらの城に食糧・武器・兵器を補給する基地として、鞠智城(きくちじょう)が完成したのです。
鞠智城は、周囲の長さ3.5キロメートル、面積55ヘクタールの規模をもつ山城。昭和42年より始まった発掘調査により、72棟の建物跡や貯水池跡・土塁跡などの遺構が発見されました。こうした発掘調査をもとに、平成6年から4棟の建物(八角形鼓楼・米倉・兵舎・板倉)が復元されました。
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