【ショート・エッセイ】 子規門下の二人
【大紀元日本2月13日】
赤い椿 白い椿と落ちにけり 碧梧桐
河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)が正岡子規の最期をみとったのは明治35年(1902年)であった。正確に言えば、子規の他の門人たちと根岸の子規庵に交替で寝泊りし、子規の家族とともに看病に当たってはいたが、臨終の瞬間に立ち会ってはいない。その夜、子規庵にいたのは高浜虚子(たかはまきょし)であったが、虚子が異変に気づいた時には、子規はすでに息絶えていた。虚子は、碧梧桐らを呼ぶため、月明かりを頼りに深夜の道を走った。
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