<東日本大地震> 発生から1週間 18日の東京と仙台

【大紀元日本3月20日】東日本大地震発生から1週間が過ぎた18日、東京の一部の地区では、午前9時から3時間の計画停電が行われたため、その地域の多くの店は午後1時からの開店となった。信号も止まったため、警察は交通整理に追われていた。しかし、銀行は通常通り営業していた。14日の停電で電車のダイヤに乱れが生じ、政府は電力会社に対して主要路線が平常運行できるよう確保を求めた。その後、電車の運行については基本的に問題が起きていない。

秋葉原駅。電車は平常通り運行している(大紀元=盧勇)

秋葉原の電気街は、普段とほとんど変わらず人でにぎわっている。数日前まで、食品を被災地へ優先的に供給することと、地震による道路の閉鎖で関東地区も物資が不足していたが、18日になってようやく、食料品を扱う店の棚には多くの品物が補充されていた。ただし、牛乳パックを製造する工場2社が地震のために生産停止に陥ったため、牛乳は依然不足している。

18日、秋葉原にある大手の家電商店(大紀元=盧勇)

18日、買い物客で賑わう秋葉原の電気街(大紀元=盧勇)

御徒町のアメ横では買い物客があふれている(大紀元=盧勇)

18日、秋葉原駅付近の商店に、米と飲み物が補充されていた(大紀元=盧勇)

都内ではマスクをつけている人が多いが、これは噂された放射線云々のためではなく、ほとんどが花粉症の予防のためだ。日本人の経営する店は平常どおり営業しているのとは対照的に、中国人の経営する店や免税店などの多くが閉店の案内もなく、シャッターが閉まったままであった。

一方、深刻な災害を受けた宮城県などは、依然として大地震の爪跡が多く残っていながらも幹線道路から整備が始まっており、仙台市から仙台空港への国道は開通している。大津波で深刻な被害を蒙った仙台市と名取市では、地震による建物と道路の損害は少なかった。また、物資の供給はまだ十分とは言えないが、住民の日常生活は徐々に正常に戻りつつある。

仙台市から仙台空港への国道は開通している(大紀元=張吉)

両都市は共にガソリン、ディーゼル及びストーブ用の灯油が不足しており、購買量が制限された状態が続いている。また、食料の供給は十分ではないが徐々に良くなってきている。食品の価格も変わらず、基本的な生活はできるようになった。

ガソリンスタンドに入るために出来た長蛇の列(大紀元=張吉)

食品の供給は十分ではないが徐々に良くなりつつある。食品の価格も変わらない(大紀元=張吉)

名取市にある仙台空港は、空港としては被害が最も深刻であった。空港付近にあるボーリング場は遺体安置所になっており、棺の外側には、確認された被害者の氏名が貼り付けてある。市は遺族の方々のために遺体安置所へ行くバスを無料で提供している。

(記者・盧勇/張吉、翻訳編集・余靜)
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