【呉校長先生の随筆】 -アヒルと少年-

【大紀元日本6月14日】「子どもが学校をよく遅刻するようになったら、それは不良になる前兆である」と専門家は言う。我が校にも、まさにこれにあてはまる生徒が一人いることが最近、気になっていた。

学校の成績は中くらいで、普段は物静かな春(しゅん)くんは、先生たちの間では評判の良い生徒である。しかし、彼はここ2週間、毎日のように遅刻し、9時ごろにやっと学校に現れる。先生たちが心配して遅刻の原因を聞くが、はっきりとした返事はなく、自宅に電話をしても親は出て来ない。結局、担任の王先生と私が家庭訪問をすることにした。

まだ朝の8時半なのに、6月の台湾南部はすでに蒸し暑い。春くんの家はアヒルを飼育する農家だ。車を降りたとたん、アヒルの群れが勢いよく突進してきたので、私たちは慌てて囲いのあるテントへ逃げ込んだ。少し落ち着いてからよく見ると、二人とも靴とズボンが泥でひどく汚れていた。ふと見ると、エサがいっぱい入った桶を手に持つ制服姿の春くんが、呆然と立っていた。

春くんの家は農場の中にあるせいか、環境的にちょっと不衛生だった。異臭が空気と混ざりあい、なんとも言えない雰囲気だ。椅子が見つからず、われわれはテーブルの前で立ったまま話をした。春くんはふと、私たちがお客さんであることに気づいたのか、飲み物のためのグラスを2つ差し出した。そのグラスには、黒い指の跡があちこち残っている。私と王先生は、「わァー、超クール!」と思わず叫んでしまった。春くんがグラスにスプライトを注いだ瞬間、農場内のハエが一気にグラスの方へ、エンジン全開とばかりに飛んできた。ここで春くんに、グラスは清潔に保たなければならないなどという教育的な指導をしても始まらない。私たちは、スプライトを一気に飲み干して会話を続けた。

春くんは父親を数年前に亡くし、母親は最近、身体の具合が悪かった。そのため、春くんは母親の面倒をみながら、毎日アヒルにエサを与える仕事を担っていた。春くんがいつも遅刻している原因を知った私は、心を動かされた。私は、「今日から君の登校時間は午前9時です。学校側は君が遅刻したとは見なさないから安心しなさい」と伝えた。この農場にあるアヒルたちは数日後に出荷されるし、春くんの母親も回復するだろうから、その時になれば、春くんもまた通常通り学校へ通うことができると私は考えた。プレッシャーから解放された春くんの顔に、ほっとした微みが浮かんだ。

それから数日後、学校では「体験学習」のプログラムが行われた。これは、生徒たちがおのおの、自宅から動物や植物、収集している珍しい品物などを学校に持参して紹介する授業である。春くんは、自分が一番よく知っているアヒルを連れてきた。そして、普段の物静かな様子とは見違えるほど、素晴らしいスピーチを披露した。最後に、春くんはマイクに向かって、「今日連れて来た2羽のアヒルの1羽は王先生、もう1羽は校長先生にプレゼントいたします」と大真面目に言って、皆を笑わせた。生徒たちは、二人の大人がどうやって2羽のアヒルの面倒をみるのか、見てみたかったようだ。

校長室の中であちこち歩き回るアヒルを見ながら、ふと専門家の言葉を思い出した。「子どもが学校をよく遅刻するようになったら、不良になる前兆である」というが、必ずしも正しいとは限らないと思いながら、思わず微笑んでしまった。

※呉雁門(ウー・イェンメン)

呉氏は2004年8月~2010年8月までの6年間、台湾雲林県口湖中学校の第12代校長を務めた。同校歴代校長の中で最も長い任期。教育熱心で思いやりのある呉校長と子どもたちとの間に、たくさんの心温まるエピソードが生まれた。

(翻訳編集・大原)
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