小人に関する伝説

【大紀元日本3月3日】以前、地球上には現在の人類より遥かに小さい人種(小人)が住んでいたという伝説が世界各地に残っている。近代の考古学研究においても、古代には小人が生活していたことが分かっている。

『山海経(せんがいきょう)』の記録

2千年前の中国戦国時代に書かれた世界最古の地理書『山海経』の中に、小人に関して次のような記載がある。「東方に小人の国がある。そこの人々は身体が小さく、身長が9寸(1寸は約3センチ)ぐらいである。カモメが彼らを食べてしまうため、単独で行動することはない」

『太平広記(たいへいこうき)』の記録

北宋時代(960~1127)に書かれた『太平広記』の中にも類似した記録がある。「西北海彑xun_蛛iいぬい)の方角に「鶴民国」があり、そこの住人の身長は3寸、飛ぶように歩くことができ、1日に千里も走れる。よくカモメに食べられてしまうため、「鶴民国」の人たちは木で自分たちと同じ形の人形をたくさん彫って野外に置き、この人形を小人と間違えて食べたカモメが窒息するようにした。これを繰り返しているうちに、カモメは小人を食べなくなった。彼らは谷川の岸に城を建てて住み、30歩から50歩の広さの城をたくさん造る。春と夏には草の種を食べ、秋と冬には草の根を食べる。夏は裸だが、冬は草で編んだ服を着る。養生法も知っている」

『閲微草堂筆記(えつびそうどうひっき)』の記録

『閲微草堂筆記』は、中国最大の漢籍叢書(かんせきそうしょ)『四庫全書(しこぜんしょ)』の総編集を担当していた清代の学者・紀昀(きいん、1724~1805)が編集した書物。その中に、小人に関して次のような記録がある。「ウルムチ(新疆地域)の深山では、放牧者が1尺(1尺は約30センチ)ぐらいの小人をよく見かける。小人は老若男女揃っている。ギョリュウの花が咲く時期、小人たちにはその枝を折って丸く編み、帽子のように頭に被ってみんなで踊る風習がある。時に放牧者のテントに潜り、ものを盗むこともある。捕まるとすぐ跪いて泣く。縄で縛ると、物を食べずに死んでしまう。放してもすぐには走って逃げず、ゆっくり歩いて離れる。大分離れてから走り出し、山に逃げ込む。住んでいるところは誰にも分からない。丞天錦が派遣されて牧場を巡視した際、捕獲した小人をもらって観察してみると髪も眉も人間とそっくりである。こうしてみれば、『山海経』に記録された小人の話は間違いなく事実である」

『述異記(じゅついき)』の記録

清代の東軒主人が編集した『述異記』には、次のように記録されている。「康煕(こうき)31年(1692)5月、外国から小人が献上された。身長は2尺あまり、顔と身体は人間にそっくりで、年齢は40歳ほど。四訳館(外交部門)は小人のために衣服を作り、上奏して宮廷に贈った。この小人は小さい傘を手に持ってゆっくり歩き、周りの人が触れると異常な音を発し、その音はサルの声と似ている。当時、見物の人々は道を塞ぐほど多かった」

考古学研究の発見

アメリカの人類学者フランツ・ボアズ(Franz Boas、1858~1942)博士は、メキシコ中部で考古学調査を行った際に洞穴の中に奇怪な図を見つけ、地面を掘って小さな生活用具や装飾品を掘り出した。更に掘っていくと、長さ12センチの人体の骸骨が見つかった。鑑定の結果、この骸骨は成人の骨格で、しかも5千年前のものだった。

学術雑誌『ネイチャー』2004年10月27日の報道

ある考古学者がインドネシアのフローレス島で、身長1メートルほどの小型人種の遺骨を発見した。頭の大きさは普通の人類の頭の4分の1しかなかった。科学者達は、この小型人種は少なくとも1万8千年前からこの地区に生存していた、と考えている。現地の民間の言い伝えによれば、オランダの探検家がこの島に来た数百年前まで、この小型人種は生活していたという。この人種を最後に確認したのは100年前のことだと言われている。

 (翻訳編集・啓明)