子供と一緒に読める

【二十四孝】曽参(そうしん)の親孝行

春秋時代、曽參(そうしん)という人がいました。彼は非常に親孝行で、いつも両親の好みに合わせて食事を作っていました。曽參の父親が亡くなると、曽參は羊棗(やんつぁう、柿の一種)を二度と口にしなくなりました。曽參の父親が大好物だったからです。

曽參が少年の頃、彼は家が貧しいので毎日山へ薪木を拾いに出かけました。ある日、曽參が留守にしていると、彼を訪ねてやってくる者がいました。突然の来客に、母親は慌てました。家では客をもてなせるような準備をしていなかったからです。

曽參に早く戻って欲しい一心で、母親は自分の指を血が出るほど噛み、祈りました。すると、曽參は急に心が痛みだし、誰かに呼ばれているような気がしました。彼はさっと薪木を束ねると、足早に山を降りて家へ急ぎました。

曽参が家に着くと、母親はほっと安堵しました。経緯がわかった曽參はすぐに来客に応対し、礼を尽くしました。まさに親子のの強さを物語る逸話です。

親を敬い孝行する曽參は、のちに孔子に弟子入りし、儒教に関する重要な書物の一つ「孝経」を著しました。

 (翻訳編集・豊山)

 

関連記事
舜は中国古代の五帝の一人で、姓を姚、名を重華、号を虞氏といい、虞舜と称された。 舜は幼いときに母を亡くした。両目を失明した父・瞽叟(こそう)は後妻を娶り、弟・象が生まれた。舜
昔、ドイツで飢饉があったときの話です。ある裕福な人が貧しい子供たち20人を自宅に招いてパンを分け与えました。「ひとり1つずつだよ。食べ物が手に入るようになるまで毎日パンを取りに来なさい」と子供たちは言われました。
昔々のインドの話です。ある夜、一匹のジャッカルが食べ物をさがしながら村はずれをぶらぶらしていると、あやまって藍染めの染料が入った大きな桶の中に落ちて、出られなくなってしまいました。
イスラエルのお話です。昔々あるところに、きれいな庭園に囲まれた豪邸を持つ大金持ちがいました。庭園をもっと美しくしようと、金持ちは使用人たちに土の中からいらない石を掘り出し、塀の外に投げ捨てるよう指示しました。使用人たちは毎日、塀の外に石を捨てる作業を繰り返しました。