(Courtesy of Astrid Heine Hax)

電話がなくても構わない 強気な営業マンの秘策とは

その後3カ月、彼は毎日空港へ通い、3時間ほど顧客へ電話をかけ続けました。電話代は自分で支払いましたが、営業の仕事は彼にとって苦ではありませんでした。

4年間のハードワークの末、破格の勢いで昇進したフラビオさんは、ある時壁にぶつかりました。彼の上司や経営陣は、英会話スクールに投資することを拒んだのです。当時、ブラジルにおける英会話スクールの顧客は留学を目指す若者や一部の学生のみ。しかし、フラビオさんは近い将来、英会話の需要が高まることを予測していました。

(Pixabay)

1995年、フラビオさんはその会社を去り、自分で起業することを決断。それは、彼にとって大きな賭けでした。

「これは、人生で最大の難関でした。なぜなら、私には起業できるほどの資金がなく、だれからも支援を得られなかったからです」

月12%の利子で2万ドルを銀行から借り受けたフラビオさん。資金はオフィスの改装費用にあて、18人いるスタッフの給料は顧客の入学金でまかないました。

ビジネスの成功

その後、フラビオさんの予測は大当たり。90年代後半、ブラジルには多くの外資系企業が流入し、よい仕事を得るには英会話の能力が必須となったのです。

フラビオさんの会社「ワイズ・アップ」は最初の年に1000人の生徒を獲得。翌年、彼のスクールには1500人もの生徒が集まり、月に50万ドル(5千500万円)を稼ぐほどに成長。その後3年間で、彼はブラジル24カ所にスクールを拡大しました。

(Courtesy of Astrid Heine Hax)

39歳の時、フラビオさんは一度会社を450万ドル(およそ490億円)で売却し、ボランティア活動に専念していましたが、再度請われてワイズ・アップを買い戻すことに。再び彼が指揮をとると、たちまち会社は繁栄し、スクール数は420校まで成長しました。

現在、会社の経営に専念する一方、家族との時間や、彼がオーナーを務めるサッカーチームも大切にしていると話すフラビオさん。大富豪となっても、ずっと「謙虚でいること」が彼の信念だといいます。

「私は今も、貧乏だった時も、変わらず幸せ者でした。ということはつまり、仮にすべてを失ったとしても、私は相変わらず幸せだということです」

謙虚でありながらも、明るく楽天的なフラビオさんの言葉。前向きに人生を切り開いていくヒントが得られそうです。

(Courtesy of Astrid Heine Hax)

(翻訳編集・郭丹丹)