大紀元時報

グリム童話は実話?300万人の観光客がドイツの町を訪れ、ネズミについて行く

2019年07月15日 05時07分
ハーメルンの笛吹き男(2009年の祭り)(パブリック・ドメイン)
ハーメルンの笛吹き男(2009年の祭り)(パブリック・ドメイン)

ハーメルン(Hamelin)を観光するには「ネズミについて行く」だけで十分だ。町のあちらこちらにはネズミの仮装をした人がいる。

この町は「おとぎ話の道」に沿ってヴェーザー川のほとりに位置している。人口がわずか6万人の小さな町だが、毎年300万人以上の観光客が訪れる。観光客たちを惹き付けるのは700年前のハーメルンの笛吹き男の伝説だ。

ハーメルンの笛吹き男

ハーメルンの笛吹き男(ドイツ語:Rattenfänger von Hameln)はドイツの有名な民話で、もっとも知られているのはグリム兄弟に残された『ドイツ伝説』の「ハーメルンの子供たち」である。

1284年、ハーメルンではネズミが大繁殖し、人々はパニックに陥った。ある日、町にサーカスの道化師の衣装を着た男が現れ、「私はネズミを退治できる」と言った。町の人々はその男と、もし全てのネズミを退治できたら報酬を支払うと約束した。

交渉成立後、道化師の衣装を着た男が笛を吹くと、町中のネズミがその男のところに集まって来た。ネズミたちを集めた男は笛を吹きながらヴェーザー川まで歩き、全てのネズミを溺死させた。しかし、町の人々は笛吹き男との約束を破り報酬を支払わなかったので、笛吹男は怒りながら町を去って行った。

数週間後の6月のある日、人々が教会で礼拝している時に、再び町に笛吹き男が現れた。男が笛を吹くと、今度はネズミではなく町中の4歳以上の子供たちが男の後について来た。130人の子供たちは飛び跳ねながら笛吹き男と一緒に町を出て山の中に入って行き、二度と戻って来る事はなかった。目や耳が不自由な二人の子供だけは残ったが、他の子供たちはどこに行ったのか判らなかった。

物語の終わりにはいくつかのバージョンがある。一つは町の人々がお金と子供たちを交換するパターン、もう一つは子供たちが最後残らず山の中で死んでしまうパターンだ。研究者たちは、この伝説は実際に起きた出来事に基づいて作った話だと信じているが、どの出来事なのかまだわからないようだ。

ハーメルンのマルクト教会にあるステンドグラスから模写された、現存する最古の笛吹き男の水彩画(アウグスティン・フォン・メルペルク画、1592年)(パブリック・ドメイン)

ネズミについて行く

ハーメルンの旧市街の敷地内には、長い尻尾が付いている白いネズミたちの矢印が刻印されている。これらにより、ハーメルンの笛吹き男に関する有名な建築物にたどり着くことができる。たとえば「笛吹き男の家」(直訳では「ねずみ捕りの家」(Rattenfangerhaus))、「結婚の館」(Hochzeitshaus)、市役所前の「笛吹き男像の噴水」等だ。

「笛吹き男の家」は1602年に建てられた。当時笛吹き男はこの「笛吹き男の家」の隣の道を通って130人の子供を連れて行ったと言われている。その為か長い間、ここでのダンスや演奏などが禁止されている。今でもこの付近の静寂さに、大昔に子供たちを失った町の人々の痛みを感じる。

「結婚の館」では何を見れば良いだろう?1955年から毎年、5月の中旬から9月の中旬の日曜日の昼12時と水曜日の午後4時半から、野外劇「笛吹きのネズミ捕り」が無料で上演される。このミュージカルには約80人の俳優が参加し、毎回の公演をおよそ2000人の各国の観光客が鑑賞する。

今日のおとぎ話

ハーメルンの住民はかつて笛吹き男との約束を守らず、そのために町中の子供たちを失ってしまった。幸いこの町の人々はこの出来事を深刻な教訓とし、記録するだけではなく、700年間、文学、彫刻、演劇などさまざまの形で自分たちへの戒めとして語り継ぎ、今日まで一日も忘れる事が無かった。

まさに「一諾千金」。約束の意義と信義の重要性は、ドイツでこのような特殊な方法で解釈され、観光客を通して広く伝えられている。

ハーメルンの笛吹き男を関する動画:

(文・高天韻/翻訳・謝 如初)※看中国より転載

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