三国時代の名医、華佗の物語
華佗(かだ)は、字が元化で、名が敷と言い、後漢末期に生まれ、三国時代の名医でした。
華佗は少年時代から故郷を離れ、遊学し、仕途を求めず医術を研鑽しました。彼は幅広い医術を持ち、外科手術に精通し、後代の人に「外科手術の名手」、あるいは「外科の鼻祖」と称されました。
歴史書によると、華佗は幼少期から頭が良く、利発だったと記されています。7歳の時、父親が亡くなって家が貧しくなり、仕方なく、母親は父親の親友の蔡医師の弟子になるようにと華佗を送り出しました。華佗は母親の命じる通りに町に出て、蔡医師を訪ね、来意を説明しました。蔡医師は「この子は俺の友人の息子だ。この子を引き受けなければ、周りの人達は俺のことを仁徳のない者だと言うだろう。しかし、引き受けるにしても、この子が医学の勉強に向いているかどうかを知るために、先ず、彼を試してみよう」と心の中で密かに思いました。
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