三国時代の名医、華佗の物語
華佗(かだ)は、字が元化で、名が敷と言い、後漢末期に生まれ、三国時代の名医でした。
華佗は少年時代から故郷を離れ、遊学し、仕途を求めず医術を研鑽しました。彼は幅広い医術を持ち、外科手術に精通し、後代の人に「外科手術の名手」、あるいは「外科の鼻祖」と称されました。
歴史書によると、華佗は幼少期から頭が良く、利発だったと記されています。7歳の時、父親が亡くなって家が貧しくなり、仕方なく、母親は父親の親友の蔡医師の弟子になるようにと華佗を送り出しました。華佗は母親の命じる通りに町に出て、蔡医師を訪ね、来意を説明しました。蔡医師は「この子は俺の友人の息子だ。この子を引き受けなければ、周りの人達は俺のことを仁徳のない者だと言うだろう。しかし、引き受けるにしても、この子が医学の勉強に向いているかどうかを知るために、先ず、彼を試してみよう」と心の中で密かに思いました。
関連記事
ボリビアの雲霧林で、小型の野生ネコが新種と確認されました。遺伝子解析が明らかにした進化の違いと保全課題を紹介します
目の乾きや視界のぼやけは、ホルモン変化と関係することがあります。涙、角膜、マイボーム腺への影響とケアを解説します
よくあるラクナ梗塞は、血管の詰まりだけでは説明できない可能性があります。血管壁の異常に注目した研究を紹介します
「イライラは性格だから仕方ない」と思っていませんか?練習次第で、誰でもイライラを80〜90%減らせると著者は言います。今日から試せる3つのシンプルな方法を解説します
心臓の健康を左右するカリウム・カルシウム・ナトリウム・マグネシウムの4大ミネラル。摂りすぎも不足も不整脈リスクを高める理由や、効率的な食事・調理法を解説。高血圧や心不全など持病のある人が知っておくべき適切な補給の注意点をまとめました。