2014年1月、演説文章を表示するテレプロンプターを確認するオバマ大統領(GettyImages)
掛谷英紀コラム

左翼を論破する方法(後編)

今回は、前回の<左翼を論破する方法(前編)>で予告した通り、ベン・シャピーロの著書“How to Debate Leftists and Destroy Them: 11 Rules for Winning the Argument”(左翼を論破する方法: 議論に勝つ11のルール)に書かれた内容を抜粋して紹介することにする。

最初に、この本に書かれた11のルールをリストアップしよう。

#1 戦争の気持ちで向かっていけ

#2 先制攻撃を仕掛けよ

#3 相手にレッテルを貼れ

#4 自分に有利なように議題設定せよ

#5 議論の矛盾点を指摘せよ

#6 質問に答えるように強要せよ

#7 はぐらかされないようせよ

#8 時には自分の味方も切り捨てよ

#9 知らないことは素直に認めよ

#10 無意味な勝利に浸らせてやれ

#11 見た目を大事にせよ

過激な項目が並ぶが、彼はこのルールを使う前提条件を設けている。まず、議論を始める前に、そもそも左翼と議論をする必要があるのかを考えろとシャピーロは言う。議論をすべき場合として、彼は次の3つを挙げる。1つ目は、それが義務の場合。2つ目は、相手が議論の通じるまともな左翼の場合。3つ目は、観客がいる場合である。世の中には何を言われても絶対意見を変えない人間がいる。本来、そういう人とは議論するのは時間の無駄である。しかし、観客がいる場合は、その相手を公衆の面前で打ち負かすことに意味があるとシャピーロは言う。上に挙げた11のルールは、3つ目の観客がいる議論における戦術という位置づけである。

ルールの#1から#4は、いずれも左翼の真似をせよという助言である。良識的な人は、これらの助言に従うことを大いに躊躇するだろう。しかし、シャピーロは戦わねばならないという。その根拠に、2012年にバラク・オバマとミット・ロムニーの間で戦われた大統領選挙を挙げる。

当時、オバマの政策はうまくいっておらず、一方のロムニーは魅力的な候補者だったので、普通に戦えばロムニーが勝てたとシャピーロは言う。にもかかわらず、なぜ負けたのか。ロムニーは、オバマはいい人だが政治家として能力に欠けると主張した。一方、オバマ側はロムニーの人格攻撃を徹底的に行った。そして、その多くは根拠のない言いがかりだった。そもそも、人格を客観的に比較すれば、ロムニーの方がオバマよりも優れていたとシャピーロは言う。それは、上述した両者の選挙の戦い方にも見てとれる。逆にそれが仇になったというわけである。

選挙においては、人々は政策にはそれほど興味はない。彼らの関心は専ら候補者の人格に向けられる。だから、政策論争より人格攻撃の方が票に直結する。左翼陣営はそれを理解しているからこそ、あらゆる人格攻撃を仕掛けてくる。相手がどんな汚い手でも使ってくる以上、同じぐらい汚い手を使わないと勝てないというのがシャピーロの見解だ。

保守派には、真面目にやっていれば報われると考える正直で単純な人が少なくない。しかし、現実はそれほど甘くない。だから、戦略的に動く必要がある。米国でも大学は左翼教員の巣窟となっているが、シャピーロは学生時代、答案用紙の氏名欄に学籍番号だけを記入して個人を特定されないようにし、共産主義者好みの答案を書くようにしていたそうだ。

シャピーロがこの本を書いたのは2014年だが、2年後の大統領選では共和党のドナルド・トランプが当選した。シャピーロは、トランプには是々非々の姿勢だが、左翼(民主党)が執拗な人格攻撃を仕掛けてくる以上、ロムニーのような良識的な保守派ではなく、トランプのようにそれに対抗できる口汚さのある人間でなければ大統領選に勝てない時代になったと後に分析している。

ルール#6「質問に答えるように強要せよ」と#7「はぐらかされないようせよ」は、左翼特有の戦術に嵌らないようにするための助言である。左翼は議論の勝敗だけに関心があるので、負けそうになると何とかはぐらかして負けがはっきりしないようにする。それに惑わされずに、証拠を提示しながら相手を追い詰めるべきだとシャピーロは語る。

ルール#8「時には自分の味方も切り捨てよ」の意図は分りにくいかもしれない。左翼は、保守派の中で攻撃しやすい人を攻撃してくる。弱いところを狙うのは戦いの常套手段である。そのとき、保守派は義理堅い人が多いので、味方を擁護しようとする。それで足元をすくわれるのが保守派の弱点である。だから、たとえ味方であっても、その人に瑕疵がある場合は切り捨てて、自分が討論に勝つことに集中せよというのがシャピーロの助言である。

ルール#10「無意味な勝利に浸らせてやれ」も解説が必要だろう。これは、上のルール#6~#8と密接に関連する。左翼は負けるのが嫌いである。だから、本人は勝った気になっているが、観客にはそう見えない状態を作ればよい。観客の前での討論は、観客がどう思ったかで本当の勝敗は決まる。たとえば、共和党は酷いと攻撃されれば、民主党も共和党もどちらも酷いと認めればよい。それであなたが失うものはない。逆に相手が共和党だけが悪いと言い続けると、観客にはその人の主張が極論に見えてくる。

ルール#11「見た目を大事にせよ」は、保守派の最大の弱点を指摘したものである。上でも述べた通り、人々は政策には興味がない。興味の対象は人格であり、さらには見た目である。それが如実に表れたのが、ケネディーとニクソンの間で戦われた1960年の大統領選、さらにオバマとマケインの間で戦われた2008年の大統領選だとシャピーロは指摘する。左翼は見た目が大事であることを重々承知しているので、あらゆる手段を駆使して見た目の好印象を演出する。オバマが大統領選の演説でテレプロンプター(原稿を映し出す演出の補助器具)を使ったのはその代表例である。一方、保守派は議論の中身で勝負しようとして、敗戦を重ねる。

日本の保守派は、しばしば左翼のことを「お花畑」と揶揄する。たしかに、自分が武器を放棄すれば相手は攻めてこないという左翼浮動層の信仰は幻想にすぎない。それと同様に、正しい政策を論理的に語れば人々に理解してもらえるという保守派の信仰も幻想である。逆に、左翼中核層はそれが幻想であることを昔から知っていた。それゆえに、左翼は人間の認知バイアスを利用したプロパガンダで、数々の世論戦に勝利を収めることができたのである。

最近は、社会心理学という学問分野が発達し、人間の判断の非合理性が科学的に実証されてきている。しかし、こうした社会心理学の学術的成果には、左翼がこれまで経験的に知っていて長年利用してきた知見の再発見に過ぎないものも多い。社会心理学を何十年も先取りしていた左翼中核層の知性の高さは驚嘆に値する。だから、私は彼らを侮ってはいけないと繰り返し言うのである。


執筆者:掛谷英紀

 筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)など。

※寄稿文は執筆者の見解を示すものです。

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