【紀元曙光】2020年1月13日

太平洋戦争末期の1944年10月24日。ルソン島沖で米潜水艦の魚雷攻撃を受けて、日本の輸送船・阿里山丸(6886トン)が沈没した。
▼阿里山丸を含む12隻の輸送船団は、フィリピンのマニラと台湾の高雄を結ぶ航路で、この年30番目に出航するため「マタ30船団」と呼ばれていた。10月20日、船団はマニラから出航。護衛艦5隻に護られてはいたが、すでにルソン島沖には米軍の潜水艦が待ち構えており、たちまち発見されて猛攻撃を受けた。
▼23日から24日にかけての攻撃で、輸送船12隻のうち9隻が沈んだ。悲劇だったのは、阿里山丸には日本軍の捕虜となった米兵約1800人が乗っていたことである。戦時の非情とはいえ、米軍の攻撃によって、米兵捕虜のほとんどが海中に消えた。
▼70数年前の出来事を、単純に現代に重ねることはできない。しかし、暗雲がかかったような気持ちになるのは、イランのテヘラン空港を飛び立ったウクライナの旅客機を、なんとイラン軍が撃墜した(1月8日)という衝撃的なニュースが飛び込んできたからだ。
▼しかも、ウクライナ機を敵の巡航ミサイルと誤認したために起きた「誤射」だったという。もちろん、墜ちたのはイランにとって「敵」ではない国の旅客機で、その乗員乗客176人全員が死んだ。撃ったのはイラン国軍ではなく、もう一つの軍組織であるイラン革命防衛隊である。
▼この先どうなるか見守る必要がある、などと寝ぼけた言葉で本稿を結ぶつもりはない。なぜ人類はこれほど業(ごう)を重ねるのか。そう嘆きたい気持ちだからである。