【紀元曙光】2020年1月27日

和暦でいう建保7年1月27日(1219年2月13日)の夜、鎌倉で変事が起きた。

▼鎌倉幕府の第三代将軍・源実朝(さねとも)が鶴岡八幡宮で暗殺された。凶刃を振るったのは実朝の兄で第二代将軍頼家の子、公暁(くぎょう、こうきょう)である。実朝の首級をかかえて逃げた公暁は、ほどなく追手に見つかり殺される。

▼鎌倉時代は約150年続いたので、短くはない。しかし身内の争いが絶えず、大小の乱が続いた。元寇もあった。武家政権として順調に進んだのは、創業者である源頼朝一代のみであったかもしれない。

▼源氏直系の征夷大将軍は実朝で絶え、政治権力は北条氏が握ることになる。京都から摂家将軍を迎えたが、北条執権にとって邪魔になり、やがてこれを追放。その後は、宮家の親王をつれてきて形ばかりの将軍に据えた。

▼興味深いのは実朝という人物である。数え28歳の若さで殺されたのは悲運としか言いようがないが、もし長命であったとしても武門の頭領としてその任に堪えられただろうか。

頼家も実朝も、頼朝の実子であり、母は北条政子である。比企氏にかつがれた頼家が伊豆で捕らえられ、その間に実朝が将軍を継ぎ、翌年には頼家が惨殺される。

▼実朝は、そうした血臭さに背を向け、和歌や蹴鞠の世界に逃避する。もう一つ彼の心を捉えたのは、海の向こうの宋(中国)であった。渡宋することを本気で考え、大船を由比ガ浜の砂上に建造させるが、その船は海に浮かばず、朽ちて消えた。実朝の日本脱出の夢想も同じく消えた。実朝が殺された日、鎌倉は二尺も積もる大雪だったという。

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