大紀元時報

【紀元曙光】2020年6月25日

2020年06月26日 12時49分

第二次世界大戦は終わったが、戦争はなくならなかった。
▼1950年6月25日。70年前のこの日、朝鮮半島の38度線を越えて、金日成の北朝鮮軍がなだれ込んできた。北は、始めから「やる気」で、実戦経験の豊富な軍人を揃えて、ドリルをねじ込むように奇襲攻撃をかけてきた。
▼準備不足の韓国軍は北の勢いに圧倒され、一時は、日本に近い釜山付近まで追いつめられる。絶体絶命となった時、米軍の仁川上陸で形勢逆転。米韓を主力とする国連軍が、相撲の土俵のように押し返し、逆に中国国境近くまで迫る。
▼ここで登場するのが中国人民志願軍と、それを率いる猛将・彭徳懐(ほうとくかい)であった。なにしろ兵数だけは多い。最前線に20万、後方部隊も含めれば100万人にもなったという。兵士がもつ武器は、日本軍から接収した旧式の三八銃なども多かった。自然、人数にものを言わせる人海戦術となるが、それでも再び38度線まで押し戻し、そのまま21世紀の現在に至る。世界史の奇観の一つと言ってよい。
▼実は、小欄に書きたかったのは彭徳懐のことである。中国共産党のなかでの功績なので、ほめるべきではないが、彭徳懐は優秀な軍人であるとともに、部下からも慕われる理想的な指揮官であった。
▼ただ彼の、そういう良さが悲劇を招いた。1959年の廬山会議の前、彭徳懐は「私信」という形で毛沢東に意見を述べたが、それが毛の逆鱗に触れる。文化大革命の時、建国の老将は、孫のような紅衛兵に暴行を受けて下半身不随となる。最後は直腸癌で病死。というが、ほとんど虐待死に近い。

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