【紀元曙光】2020年8月17日

8月10日に俳優の渡哲也さんが死去していたことが14日、伝えられた。
▼78歳だったという。誰しも死は避けられないにせよ、惜しまれてならない。芸能人としての渡哲也さんを筆者はよく知るわけではないが、寡黙で男っぽく、どこまでも誠実な人柄であったように想像する。だからこそ人望があり、石原裕次郎さん亡き後の大黒柱として、多くの若手俳優やスタッフの面倒を見たのだろう。
▼石原裕次郎さんや渥美清さんがそうだったように、名優というのは、私生活において多病であることが多いのだろうか。渡さんも、長く病を背負いながら、その陰影を観客や視聴者に微塵も見せることなく重厚な役を演じきっていた。
▼NHKドラマ『坂の上の雲』では連合艦隊司令長官・東郷平八郎を演じた。並みの俳優ではとても務まらない大役である。「この指揮官あらば、バルチック艦隊に勝利しうる」と思わせるほどの存在感をもつ役者といえば、過去には三船敏郎、今では渡哲也さん。ほかには、ちょっと思い当たらない。
▼東郷平八郎が、世界史上に称賛される海軍提督である理由について、原作者の司馬遼太郎さんは、敵艦隊の通る海峡を的中させたことを挙げている。欧州を発して、はるか東洋に向かったバルチック艦隊がどこに出現するか。「もしも太平洋から津軽海峡を通って、日本海に無傷で入られたら、日本の負けだ」と気鋭の作戦参謀・秋山真之は苦悩していた。
▼「そいは、対馬海峡でごわんど」。東郷は、地図の一点を指さして明言した。結果、日本は勝った。指揮官の、この一言による勝利といってよい。(次稿に続く)