【紀元曙光】2020年10月13日

秋の味覚、おいしそうな柿が店頭に並ぶようになった。
▼2年前の秋だったか、奈良の斑鳩(いかるが)を歩いたことがある。観光の定番である法隆寺から少し足をのばせば、コスモスが咲く広野のなかに、法輪寺や法起寺など天平の香りを今に伝える古刹が見えてくる。東京からここまで来て良かったなあと十分に思える、静かな里の風景である。
▼地元の農家が道端のあちこちにテーブルを出して、つややかな柿を売っていた。ひと山10個ほどで200円。売り手がそこにいなければ、置いてあるザルにお金を入れていく。のどかな田舎の「自動販売機」が、なんとも嬉しい。心地よい秋風のなかで買った柿をかじると、格別の味がした。
▼「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」。正岡子規(1867~1902)が、その短い生涯に詠んだ俳句は20万句に上るが、その中でも最もよく知られた一句であろう。初出は1895年11月の『海南新聞』。その前に、正岡子規がこの地を訪れたのは間違いない。ただ、彼が法隆寺を参詣したのが雨天だったことから、この句は「宿で柿をかじったその時、法隆寺の鐘が聞こえてきた」というリアリズムではなく、子規の創作した観念上の情景であるらしい。
▼小欄の筆者は、正岡子規が好きである。34歳で病没。最後の数年は激痛にうめく寝たきりの日々であったが、その限られた時間に、彼は自己の全霊を詩歌に注ぎ、燃焼させた。
▼「柿くふも今年ばかりと思ひけり」。死を待つ病床にありながら、子規は最後まで旺盛な食欲をみせた。そんな日本の歌詠みを、毎年の柿を見るたび思う。