≪医山夜話≫ (5) 

不思議な縁

私の診療所に通っている患者のジェンさんはある日、「持っているピアノを売りたいので、買ってもらえませんか。あなたがこのピアノを見る前に、決して売りはしません」と私に言いました。私は特にピアノを必要としていなかったので、ずっと見に行かなかったのですが、ジェンさんはくり返しこの話を持ち出してきました。

 ある日、夫と一緒に出かけたとき、彼女の住む家の近くを通ったので、ついでに訪ねて行きました。部屋に入った瞬間、黒色のアップライトピアノが目に映りました。試しに一つのキーを叩いてみると、その美しい音色に感動して思わず涙がこぼれました。

 20年前、私がまだ音楽学部の大学生だった頃、私はとてもピアノが欲しかったのです。しかし、兄弟が多く、3人も大学に行っているため、ピアノを買う余裕はありませんでした。ピアノを練習するために、私はよく遅くまで学校のピアノ室で待っていました。また、早朝は誰もピアノ室を使っていないので、よく早起きして学校へ行きました。自分専用のピアノを持つことは、あの頃の私の最大の夢でした。

 夫は私の反応を目にして、すぐジェンさんにピアノの値段を聞きました。ジェンさんが楽譜から20年前の領収書を取り出すと、夫はピアノを買い取りました。

 そして、ジェンさんはこのピアノにまつわる物語を教えてくれました。「20年前、私は衝動的にこのピアノを買いました。買った直後、私はグアテマラと南米の国々へ派遣されて、それきり十数年も帰って来られなくなったのです。その後、アメリカに帰ってから多発性関節炎を患ったため、ピアノが弾けなくなりました。何度もピアノを売ろうとしたのですが、このピアノを大切にしてくれない人には売りたくありません。あなたと出会った瞬間、なぜか分からないのですが、このピアノはあなたのために買っておいたものだと分かりました。実際、この20年来、このピアノは一度も弾かれたことがありません。今日、このピアノはやっと本当の主人が見つかりました…」

 私がジェンさんと知り合ったのは数年前のある冬でした。私の診療所に来た時、その苦しい歩き方から、すぐ彼女の足に問題があると気付きました。彼女は、「2週間後、私の左足は切断されます。足の血行がかなり悪くなったため、いずれ壊死が避けられないと判断した医師が、足の切断を提案しました。両親も亡くなり、他に家族もいないので私は一人暮らしです。もし片方の足を失ったら、これからどうやって生活すればいいのでしょう」と訴えました。足の様子を診ると左足は紫色で、触ってみると冷たくて、まったく温もりを感じませんでした。

 「これから毎日診療所に来られますか? 来られるなら、私は最善を尽くして治療します」と私はジェンさんに言いました。彼女は、「来ます」と答えました。そして、私は漢方薬鍼灸あん摩などで彼女の足を治療しました。2週間後、病院の医師が彼女の足を検査すると、大変驚きました。足の肌の色は赤くなり、皮膚の温度も上がって、大部分の毛細血管は復活していたのです。医師は、「どんな方法で治療しているか知りませんが、とにかくこのように続けてください。2カ月後、また検査に来てください」と言いました。2カ月が過ぎて、ジェンさんは歩く姿も大分良くなり、痛みはかなり軽減していました。医師は3カ月ごとに足の血流状況を検査し、彼女の足が徐々に好転していることを確認しました。彼女は足を切断されず、今日も元気に歩いています。これが漢方医学の治療効果だと知った時、その医師は「私たち西洋医学の医師は、漢方医学に対してあまりにも知らなすぎます」と感慨深く話しました。

 足が救われたジェンさんは私に感謝していますが、私は、20年前に「私のために」ピアノを買ってくれたジェンさんに、心から感謝しているのです。

 「」とは本当に不思議なものですね。