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歴史文書に見られる憑き物の災禍(3)

憑き物 悪霊の「憑依」は本当にあったのか

2006年、ロシアのパベル・リュージン監督が制作した映画『孤独の島』は、1942年の第二次世界大戦中、アナトリーは、ドイツのナチスに強要されてロシア人将校を射殺しました。そして、彼はナチスが仕掛けた爆弾によって意識を失いますが、幸いなことに翌日、近くの教会で修道士に助けられるというストーリーです。

ロシア人将校を射殺したことで、アナトリーは自分が罪深いため、自責の念を抱きながら残りの人生を過ごしていました。昼間は、教会の雑用をしたり、焚き火の炭を運んだり、毎日汚く辛い仕事をしていました。夜になると、まともな寝床や毛布もなく、石炭の山で眠りに落ちました。彼は苦行僧のような毎日を送っていました。彼は自分が罪深いと思っていましたが、慈悲深い神は、彼に知恵と神通力を開いてくれました。それからの日々、アナトリーは予言をしたり、人々の病気を癒したり、人のために悪魔祓いをしました。

1976年、ティホン提督は娘のナスティアを島に連れてきました。彼の娘は意識が錯乱した状態に陥っていました。 提督は娘をモスクワの多くの病院に連れて行きましたが、どの病院も彼女を治すことはできませんでした。そして、アナトリーの評判を聞いて、望みを抱いてこの島にやってきたのでした。

提督は自分の娘が狂人だと、ようやく話しました。アナトリーは「あなたの娘は気が違っているのではなく、悪魔に取り憑かれているのだ 」と言いました。ソ連の共産主義者が騒いでいた時代は、無神論進化論が世界中の人々の心に浸透していました。ソ連共産党の高官である提督は、悪魔に取り憑かれているなんてあり得ないと思い、娘を連れて帰ろうとしました。アナトリーは、鶏の鳴き声を頼りに悪魔を小さな孤島へと導きました。 そこは、しばしば彼が犯した罪を神に告白していた場所でした。

この小さな島で、彼は提督の娘のために悪魔祓いをしました。彼女の父は、アナトリーに撃たれ海に落ち、生き延びた将校だったのです。アナトリーは将校の娘の悪魔を祓いをし、人生の贖罪も終わりを告げました。現世の因縁を終えた後、彼は棺桶に安らかに横たわり自身の死期を発表しました。

中国の古典書籍『尚書泰誓上』には、天地は万物の母で人は万物の霊長(惟天地万物之母,惟人万物之靈)と述べられています。西洋の劇作家シェイクスピアは『ハムレット』の中で、「人は宇宙の精華で万物の霊長」と述べています。 東洋と西洋の言語は違いますが、どちらも「人間は万物の霊である」という意味です。東洋の仏教や道教も、西洋のキリスト教やカトリック教も、人に害を与える悪霊や悪魔に対する姿勢は同じで、悪魔を祓って邪悪を解体させ、人の心を救うことを究極の目標としているのです。

(翻訳・啓凡)