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【佛家物語】お釈迦様とその家族(4)シッダールタの帰還

釈迦牟尼の帰還

王子は修行を始め、さまざまな教えを学び、瞑想、苦行などを経て、6年経った36歳のとき、菩提樹の下で悟りを開き、釈迦牟尼と呼ばれるようになりました。それから5年が経ち、釈迦牟尼は浄飯王の招きで、多くの弟子を連れて、10年以上留守にしていた故郷に戻りました。

浄飯王は親族を率いて迎えに行きました。人々は焼香や献花をして、釈迦牟尼を出迎えました。しかし、釈迦牟尼は自らの戒律に従い、外に出て、戸口で食べ物を乞う托鉢の生活を続けていました。

そんな王子の姿を見た浄飯王は「シッダールタ!」と声を上げ、「昔は金の馬車で出かけていたのに、今は街で物乞いをしている。これは釈迦族の評判を落とすものではないか?」と問いただしました。

すると釈迦牟尼は、「私はもはやシッダールタではなく、世俗的な感情をすべて断ち切り、どうすれば衆生の苦しみを取り除くことができるのか、そればかり考えています。父上のご恩は仏法で報いるしかありません」と答えました。その後、釈迦牟尼は浄飯王に法話をし、浄飯王は三宝(仏・法・僧)に帰依しました。

 

お釈迦様とヤソーダラーの再会

浄飯王とその家族が恭しく釈迦牟尼を迎える中、妻のヤソーダラーは一人宮殿に座り、夫に挨拶に行きませんでした。彼女は彼に会いたくはありません。彼女はとても幸せな人生を送ることができたのに、彼が去ったせいで、青春を棒に振ることになり、寂しさの中、心が苦しみに満ちていました。

ついに釈迦牟尼は、ヤソーダラーに会うために宮殿に入りました。ヤソーダラーは夫に言いたいことが山ほどあったのに、釈迦牟尼を目の前にすると何も言えなくなってしまいました。

すでに悟りを開いていた釈迦牟尼はもはや愛欲を捨て、慈悲が生まれていました。ヤソーダラーの心もよく分かっており、「あなたが私を恨んでいることは知っています。でも、見てください!」と広げた手のひらの上に、ヤソーダラーとの因縁の由来を明かして見せました。

 

釈迦牟尼とヤソーダラーの因縁

青い衣を着た娘、瞿夷(ゴーピカー)は七本の優曇華(うどんげ)の花を持っていました。そこに修行僧の善惠が現れました。善惠は仏様に供えるため、瞿夷が持っている花を欲しがりました。

瞿夷は「私もこの花を仏様にお供えしたいのです」と言いました。善惠は、将来、至高の境地に成就するために瞿夷のもっている優曇華の花を5本買おうとしていました。彼女は善惠の心に感動し、必ず成就することができるだろうと思いました。

そして瞿夷は、「成仏する前に私と世(輪廻の中の一つの生)を共にすることを約束し、あなたが成仏した後、あなたの弟子になることを許してくれたら、この花を差し上げましょう」と言いました。

すると善惠は「私は自分の栄光も富も妻子もすべて捨てて、得道します。あなたは私に済度されるまで、人生の大半、愛や寂しさなどの情の痛みに襲われることになるでしょう。あなたは耐えられますか?それでも、私の修行を一切妨げないと誓うなら、来世であなたと結婚することを約束しましょう」と言いました。

そうして若い男女は、共に道を求めることを決意し、その場で約束しました。その後、善惠は瞿夷の花を持ち帰り、仏様に供えました。

その後、2人は何度も生まれ変わり、善惠は生まれ変わって釈迦牟尼となり、瞿夷はヤソーダラーになりました。2人は、今から2500年前、仏教が開かれるその世で夫婦として結ばれました。

釈迦牟尼はヤソーダラーに「あなたは私のような、すべてを捨てなければならない男と法縁を結び、一生を共にし、こうなることをはっきりと知っていたのです。今、あなたは前世の誓いを忘れ、愛に縛られ、憂いと悲しみの中に身を置いたままにしています。愛は無常であり、常に別離があり、すべては来ては消え、生まれては死ぬということを理解する必要があります。あなたが望んだものはただの短い幻です」と言いました。

ヤソーダラーは記憶が開かれ、彼女の心も開かれました。彼女は迷いから抜け出し、苦しみから解放されたい、幸せになりたいという願望を抱いたのです。

(続く)

(翻訳・微宇)

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