モンゴル草原の女王:アラカイ・ベキ(中)

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生死の試練

父親の名残惜しい目線の中、アラカイ・ベキは躊躇なく頷き、この婚姻を受け入れました。これはモンゴル部族の存亡にかかわる政略結婚であり、オングト部の支持を得てこそ、草原を統一することができるのです。

アラカイは一般の遊牧民の娘ではありません。公主であり、チンギス・カンの娘である彼女は生まれた瞬間から、重い使命を背負っているのです。

アラカイの夫となる人選はオングト部の族長アラクシ・ディギト・クリの長男ブヤン・シバン(注1)、年齢も顔立ちも、アラカイにふさわしい少年です。これは父親として、娘にしてあげられる最高の選択でしょう。

黄金の氏族」(チンギス・カンとその弟たちの子孫)の公主として、誰に嫁いでも、「降嫁」(身分の低い男に嫁ぐこと)になります。そのため、テムジンは娘のために盛大な婚礼を用意しました。

アラカイは肩に背負っている重荷を実感しながら、確固たる意志をもって、後ろを振り向かずに一歩一歩と着実に前へと進みます。その母のボルテは馬乳を掬い、空に向かって撒きながら、今後、娘が清い心を保ち、暗黒と悪徳から遠ざかるよう祈りました。

結婚して間もなく、アラカイは夫のブヤン・シバンとオングト部で留守番をし、ナイマン征伐のため同盟を結んだアラクシとテムジンの帰りを待ちます。戦いは順調に進み、アラカイはすぐに勝利の朗報を受け取りました。

しかし、危険と災難は、予期せぬ時に訪れるものです。オングト部族では、テムジンが率いるモンゴル部に帰順するか否かで意見が分かれ、ずっと前から分岐が生じていました。そして、反対派の貴族たちは、アラクシの留守中に反乱を起こしました。まずはブヤン・シバンを暗殺し、その後、無防備のアラクシを襲い、さらには、躍起になって、アラクシの家族と腹心の部下を追捕し始めました。

彼らにとって、アラカイは最も憎むべき人物でしょう。なぜなら、アラカイが来たことにより、両部族は同盟を結んだのですから。一夜にして、アラカイの人生はどん底に陥り、立て続けに2人の家族を失い、彼女自身もまだ身の危険から逃れていません。

しかし、アラカイには涙を流す時間はなく、傍には、アラクシの妻アリクとその幼い息子のボヨカ、そして、アラクシの甥セングンがいます。残されたオングト部でのわずか3人の家族を守るために、アラカイは強くならなければなりません。

20歳にもなっていない少女は、年寄りや女性、子どもたちを連れて、見事、敵の追跡から逃れました。

アラカイに関する文献の記載は少なく、ところどころ消えているため、他の文献を参考にしたり、推測したりしかできず、具体的で確固たることは何も言えませんが、一つだけ確かなことがあります。人生において初の試練を前に、アラカイはずば抜けた智略と勇気を頼りに、家族を守りながら、ハラハラドキドキの日々を乗り越えました。オングト部の領地から抜け出したアラカイ一行は父親テムジンのいる北部の草原ではなく、南へと逃げて行ったのです。

(つづく)
 

注1:初めてオングト部に嫁いだチンギス・カンの娘アラカイ・ベキが、アラクシ、ブヤン・シバン、ボヨカ、セングンの誰に嫁いだかについては史料ごとに記述が異なっている。

(翻訳編集 天野秀)

蘭音