信仰と道徳によって輝いた芸術(中)

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芸術の重要な働きは天国への畏敬と憧れを表現している他にも、自然の風景や人間の生活、その背後にある思想をも忠実に描写しています。中世の西洋美術と古代の東洋美術は、外形の正確さよりも、画家の精神または対象の本質、情趣の表現に重点を置いていましたが、ルネサンス後の西洋美術は外形の美しさ、臨調感と繊細さを重視するようになりました。第二次産業革命以前の芸術は、東西を問わず、明るく美しいことを基準とし、人間の高尚さと道徳的価値観の維持に努めていました。

歴史を遡り、世界各地の各王朝が移り変わる際に、道徳的に堕落した人はどのように神様の教えに背き、滅亡に至ったのか。そして、高潔な芸術家がどのように歴史の教訓を作品に記録し、世代から世代へと引き継がれ、後世を警告しているのかを見てみましょう。

女史箴圖(じょししんず)

古代中国の事例を見てみましょう。西晋時代、武帝の皇后である楊艶(ようえん)は賈充(かじゅう)の賄賂を受け取り、その娘である賈南風を太子妃とするよう強く勧めました。最初、晋の武帝は容貌が醜く、嫉妬心も強い賈南風を気に入りませんでしたが、結局皇后の懇願に負けて同意しました。賈南風が太子妃になった後、悪巧みを使って、惰弱で暗愚な太子を助けて武帝の好感を勝ち取り、皇帝の座を手に入れました。その後、横暴な振る舞いで朝政を専断し、最終的に八王の乱を起こして西晋を滅ぼしたのです。

東晋が建国された後、政治家の張華は女性の道徳の重要性を改めて強調し、同じような失敗を繰り返さないために、『女史箴(じょししん)』という勧誡(かんかい)の書物を書きました。この書物は女性の道徳が国にとって非常に重要であることを強調し、皇后として、節度のある、礼儀正しい生活を送るべきであり、君主が平和に国を管理できるよう自分の行いを以って示さなければならないとしています。

東晋の有名な画家である顧愷之はこの書物を踏まえて、『女史箴図(じょししんず)』という長い絵巻物を書きました。絵巻には、歴史上、模範となる女性やその功績が描かれています。この絵巻の芸術的価値は非常に高く、流麗な筆線で絵中の人物の優雅さや衣装の上品さを巧みに表現しており、中国絵画の至宝となっています。

『女史箴図』の一部(パブリックドメイン)

現代の人々は、古代では女性は軽視されていたと誤解を持っています。実際、昔の社会では女性を非常に重視しており、孔子が編集した『詩経』の最初の部分では、品格のある妻は家族や国にとって非常に重要であり、皆に尊敬されることを強調しています。

王室では、皇帝の言動を記録する史官がおり、皇帝の不適切な言動を避けるために、諫官(かんかん)が常に進言します。皇后には女官がいて、勧誡します。上から下まで、国は道徳と教育を非常に重視しており、皇帝と皇后でさえ、道徳的規範を遵守せざるを得ません。このような社会環境の中で、道徳を守り、良いことをするよう人を勧める芸術作品がたくさん生み出されました。

このような明確的に道徳向上を教化する芸術作品に加えて、桃源郷のような風景を描いた作品も多くあります。中国で古くから多くの人は道教を信仰しており、聖人として崇められた孔子は、実は老子の教えを受け継いだという話があります。道家の経典は『道徳経』と呼ばれ、天の道に順応するために、道徳を上昇しなければならないことを説いています。

古代の人々はこの目的に達するには、深い山の中に桃源郷のような場所を見つけて、隠居生活を送ることだと考えました。そのため、多くの山水画が生まれたのです。このような山水画には、道家の深い思想が含まれており、天と地への畏敬を高め、謙虚になることを教えています。

(つづく)