カナダの公立カレッジで中医学を教えるジョナサン・劉教授は、番組「健康1+1」で「中医学の理論において、腎臓は「先天の本」とされ、解毒や代謝の働きに加えて、生殖機能、感情、エネルギー、さらには寿命にも深く関わっていると述べています。
現代の人は、長時間のストレス、夜更かし、不規則な生活習慣の影響で腎臓のエネルギー(腎気)を消耗しやすく、それが疲労、不眠、性機能の低下などを引き起こします。こうした「腎虚(じんきょ)」の状態は、現代医学で言う「副腎疲労」と共通する点があり、長期にわたるストレスへの調整がうまくいかない結果です」と説明しています。
腎臓:単なるフィルターではなく、心身のエネルギーの中心
西洋医学では、腎臓は体液・電解質・血圧・カルシウムとリンのバランスを調整する重要な臓器とされています。しかし中医学における「腎」は、解剖学的な腎臓だけにとどまらず、副腎や内分泌、神経、生殖系など、複数の生命システムを含んだ広い概念です。
●精(せい):人の生殖力と遺伝的な可能性を象徴し、身体の中心的なエネルギーの蓄えに相当します。
●気(き):呼吸や全身の活力を調整します。腎には「納気(のうき)」の働きがあり、肺と協力して呼吸した空気を体内にしっかり取り込む役目を担います。
●水(すい):体内の水分代謝を司り、むくみや体液バランスの乱れを防ぎます。
さらに、「腎」は「骨を主り、髄を生ず」とされ、骨の健康や脳細胞にも関係しています。また「志を主る」とされ、意志力や記憶力、感情の安定にも深く関わっていると考えられています。
感情と「腎」:ストレスで最初に崩れるのは「腎」かもしれない
劉医師は、現代人が長期にわたって高いストレスの下で生活しているため、「腎気の消耗」が非常に多く見られると指摘しています。その典型的な症状は、気力の低下、性欲の減退、集中力の欠如、情緒の不安定さなどがあげられます。
研究によれば、慢性的なストレスは視床下部-下垂体-HPA軸を活性化させ、コルチゾール(ストレスホルモン)の分泌を促します。しかし、腎機能が低下すると、このコルチゾールの代謝がうまくいかなくなり、体内に負担が蓄積されていきます。2023年に学術誌「FrontiersinEndocrinology」に掲載された総説論文では、このようなストレスと腎臓の悪循環が、死亡率や合併症のリスクを高める可能性があると報告されています。
腎機能の不調を知らせる初期サインとは?
腎臓に問題が生じ始めても、初期にははっきりとした症状が現れないことが多いものです。しかし、体はさまざまなサインを通じて警告を発していると、劉医師は注意を促しています。以下のような症状が見られた場合には、早めの受診を検討しましょう。
1. 排尿の異常
通常、1日の排尿回数は4〜6回程度、尿量は約1,000〜2,500mlとされています。急に回数や量が増減した場合、水分や電解質のバランス調整に関わる「腎」の働きに異常がある可能性があります。
また、尿の表面に大量の泡ができ、長時間消えない場合は、尿中に過剰なタンパク質が排出されていることが考えられ、「腎」のろ過機能が低下しているサインかもしれません。
2. 全身のだるさ・無力感
明らかな原因がないのに疲労感が続く場合、「腎」で作られるエリスロポエチンの分泌が減少し、貧血を引き起こしている可能性があります。口唇、舌、まぶたなどが青白く見えることも貧血の症状です。
3. むくみ
子どもが風邪や喉の痛み、鼻づまりなどの後に突然まぶたや顔が腫れるようにむくむ場合、腎機能の異常が疑われます。高齢者に多い下肢のむくみも、腎臓が余分な水分をうまく排出できなくなっているサインかもしれません。
4. 吐き気・嘔吐
腎機能がさらに低下すると、体内の毒素が排出されず胃の粘膜を刺激し、胃の不調を招くことがあります。これは中期~末期の腎機能障害の可能性があり、特に注意が必要です。
腎臓を養生することは難しくない! 8つの生活習慣から始めよう
劉医師は、「腎の養生は一時的な対策ではなく、日々の生活に取り入れられる長期的かつ実行可能な戦略です」と語り、以下の8つの実用的なアドバイスを紹介しています。
1. 足をしっかり守る
足は腎経(腎を司る経絡)の出発点であり、足裏の前三分の一にある「湧泉(ゆうせん)」は重要なツボです。足湯や湧泉のマッサージ(50~100回、時間があれば200回)を習慣にすると、腎経の機能が高まり、腎のエネルギーが強化され、解毒機能や睡眠の質の向上にもつながります。足を冷えや湿気から守ることも重要です。

2. 便通を整える
便秘になると腸内の毒素が再吸収され、血液を通じて腎臓に負担をかけます。「腎」は心臓に次いで血液の流れが集中する臓器のため、便秘予防は「腎」の保護に直結します。腹部マッサージや食物繊維の豊富な食事が効果的です。
3. 適度な水分補給
水分が不足すると、体内の毒素が腎臓でうまく濾過されず負担が増します。逆に水分の摂りすぎも水中毒の原因になることがあります。仕事の忙しさで水分補給を忘れがちな人は、1日6〜8杯の水を目安にしましょう。
4. 尿意を我慢しない
長時間の尿意の我慢は、尿の逆流を引き起こし、毒素が腎に達してダメージを与える可能性があります。
5. 食事で「腎」をサポート
重金属を含むような食品を避け、腎を補う食材を積極的に取り入れましょう。たとえば、くるみは腎経を補い、尿中のアルブミン排泄量を減らす効果があります。ニラも腎の保護に有効です。
また、中医学では「黒は腎に入る」とされ、黒ごま、きくらげ、黒米、黒豆などの黒い食材が推奨されます。黒ごまは抗酸化、抗炎症、肝腎保護作用があり、きくらげは鉛などの重金属を排出し、腎臓へのダメージを防ぎます。
6. 質の良い睡眠
良好な睡眠は神経の修復を助け、腎臓の解毒やホルモンのバランス維持に貢献します。夜更かしは「腎」の大敵です。
7. 節度ある性生活
不潔な性行為や過度な性生活は「腎精」を消耗させます。伝統的な中医学では、節度ある性行為こそが精力を維持する鍵とされています。
8. 薬の使用に注意
一部の抗生物質や鎮痛薬、中には特定の漢方薬にも腎毒性があります。医師の指導の下で使用することが必須で、自己判断での薬膳や薬用スープの摂取は避けましょう。
日常でできる「腎」を補う薬膳レシピ
中医学では「薬食同源」という考え方があり、食べ物も薬と同じように体を整える力があるとされます。劉医師は、腎をやさしく補いながら、心身の調子を整える2つの食養生レシピを紹介しています。
1. 腎を補い脳を元気にする蒸しパン
腎を強化し、脳の働きを助け、睡眠の質を高める効果があります。
材料:
- くるみ30g
- びゃくしにん(柏子仁)20g
- 蓮の実20g
- クコの実15g
- 黒ごま10g
- とうもろこし粉200g
- 山芋粉各200g
- 黒砂糖少々
作り方:
ナッツ類を砕いて、黒砂糖と2種の粉と混ぜ、蒸パン状に仕上げます。
2. トチュウと羊腎のスープ(杜仲羊腎湯)
「腎」を補い、杜仲(とちゅう)は糖尿病性腎症の進行を防ぐ効果もあると示されています。
作り方:
羊の腎臓1対と杜仲15gを適量の水とともに弱火で1時間煮込みます。1日2回に分けて食べます。少量の塩や料理酒で味を整えてもよいでしょう。
腎臓に悪影響を与える可能性のある食べ物とは?
劉医師は、日常的に注意したい腎臓に負担をかける食品をいくつか挙げています。健康な腎を守るため、以下の食品はなるべく控えることが勧められます。
1. 塩分の多い食品
塩分の摂りすぎは高血圧を招きやすく、高血圧は腎機能を損なう大きな原因のひとつです。食事はできるだけ薄味にし、漬物や加工食品の摂取を控えましょう。
2. 糖分の多い食品
精製された砂糖を過剰に摂ると、インスリンの働きや糖の代謝が乱れ、糖尿病を引き起こす恐れがあります。糖尿病は腎臓の機能を大きく損なう可能性があります。また、糖分の摂りすぎは肥満にもつながり、慢性腎疾患のリスクも高まります。糖質はできるだけ自然な食材から摂るよう心がけましょう。
3. シュウ酸の多い食品
シュウ酸を多く含む野菜(ほうれん草、ひゆ菜、空心菜、冬筍など)は、カルシウムと結びついて結石を作る可能性があります。これらを食べる際は、一度ゆでこぼすなどしてシュウ酸を減らす工夫が必要です。
4. スターフルーツ(カラミヤ)
シュウ酸が多い上に、特有の神経毒素を含む果物です。腎機能が低下している人は特に注意が必要で、健康な人でも過剰に食べると急性中毒や慢性障害を引き起こす可能性があります。
5. アルコール
長期間の飲酒は酸化ストレスや炎症を引き起こし、腎臓だけでなく肝臓や心臓にも悪影響を及ぼします。また、アルコールは尿酸値を上げ、これも腎機能を低下させる要因となります。
6. 火鍋
火鍋のスープや具材には多くの添加物が含まれていることがあります。長時間煮込むことでスープ中のプリン体が増え、尿酸値の上昇を招き、腎臓への負担が大きくなります。
腎の養生は、現代のストレスに打ち勝つための長期的な投資
ストレスが多く、スピード感にあふれる現代社会において、多くの中年世代が「腎気の消耗」という初期サインを経験しています。たとえば、よく眠れない、寝ても疲れが取れない、性欲の低下、イライラや不安感の増加などがその例です。中医学は単なる治療手段ではなく、予防を中心とした「生き方の哲学」を私たちに提供してくれます。
足湯から食習慣の見直し、感情のコントロール、欲望の節制に至るまで——「腎」のケアは決して難しいものではありませんが、日々の積み重ねが重要です。劉医師は、「人生をもう一度元気に始めたいと思ったとき、腎臓を守ることから始めるのが最もよいスタートになるかもしれません」と語っています。
(翻訳編集 華山律)
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