イランの最高指導者モジタバは生きているのか?
8月28日 ロイター電は「イランの最高指導者モジタバ・ハメネイ師はイラン戦争の開戦から半年が経過した今も国民の前に一度も姿を見せず、肉声も伝わっていないことから、健康状態や実権を巡る疑念が一段と深まっている」と伝えた。
ところが同日、この疑念を打ち消すかのようにイラン国営通信はモジタバの声明を公表した。その声明でモジタバは「社会的結束を損なういかなる行為も禁止する」と宣言しているが、相変わらずモジタバの動画も肉声もない。
モジタバの動画は8月8日に初めて公開されたが、音声はなく撮影日時や場所も不明で、おそらく最高指導者就任以前に撮影されたものと推測されている。これでは生存証明にならないばかりか却って疑念が増幅される結果にしかならないが、なぜこのタイミングで公開されたのか?
翌日9日、イランのメディアはモジタバがイランの大統領ペゼシュキアンと面会したと伝え、さらにその翌日10日、イラン革命防衛隊の総司令官にバヒディが正式に就任した。
2月28日の米軍攻撃で当時のイラン革命防衛隊の総司令官が死亡したためバヒディが代行を務めてきたが、ここでようやく正式に総司令官となった。
バヒディが正式に就任するためには最高指導者の承認が必要となるから、モジタバが生きていなければ困る。そこでモジタバが生きていると国内向けにアピールする狙いがあったのだ。
イランの前の最高指導者ハメネイは2月28日の米軍の攻撃で亡くなったが、その息子のモジタバが後継に選出されたのは3月8日のことである。この間、イランでは過酷な権力闘争が起きていたことは想像に難くない。
当初、ハメネイの後継の最有力候補と目されていたのはモジタバではなく、1979年イラン革命の立役者であり、初代最高指導者であったホメイニの孫のハサンであった。イラン革命はイスラム教シーア派による宗教革命であり、その最高指導部はイスラム教シーア派の宗教指導者の集合体である。
つまりイランの最高指導者は必然的に優秀な宗教指導者でなくてはならない筈である。ところがモジタバは宗教指導者としての足跡がほとんど知られていない。対するハサンは宗教指導者として有名であり、亡くなったハメネイもハサンを後継者に推していた。
ハメネイ死亡からモジタバ選出までの8日間に本命ハサンを追い落とし穴馬モジタバの選出という大番狂わせを演出したのが、革命防衛隊の総司令官代行となったバヒディだったのだ。
イラン革命防衛隊はイランの最高権力機関であって、旧ソ連のKGBと同様にその権力は軍や警察を上回る。モジタバはこのイラン革命防衛隊の出身であり、バヒディの下僚に当たる。
従ってモジタバを最高指導者の地位に据えれば、バヒディはイランを完全に支配できるのである。
モジタバは最高指導者に就任前も就任後も公式な場に姿を見せていない。特に就任後、姿を見せないのは、2月の米軍攻撃で重傷を負ったためとされている。しかしそうなるとそんな重傷を負った人物を傷も癒えていない段階で最高指導者に就任させるという不自然さは隠しようがない。
モジタバは3月8日にイランの専門家会議で最高指導者に選出されたとされる。専門家会議とは定数88のイスラム法学者の集合体だが、モジタバ選出に際してリモート形式で会議を行ったという。
リモート形式の会議であればサイバー戦に長けた革命防衛隊が牛耳ることはいとも簡単だ。
しかも7月のハメネイの葬儀は6日間にわたって行われたがモジタバは一度も姿を見せなかった。イスラエルによる暗殺作戦を警戒したといわれているが、バヒディは姿を見せている。
もし重傷で立つことも歩くことも出来ないというのなら、テレビで国民に姿を見せるという手もあったはずだが、それすらしていない。
まるでモジタバは生きていないとイラン国民に印象づけようとしているとしか考えられないのである。