最後の世代——日本伝統工芸の生死の問い【日本の中の「仁義礼智信」20】
京都、西陣。
ここには「西陣織」と呼ばれる絹織物がある。
その歩みは、千二百年以上に及ぶ。
イタリア・ミラノの絹織物の伝統より四百年早く、
フランス・リヨンよりも六百年早い。
だが今日、
それは消えつつある。
数字こそ、最も冷酷な言語だ。
日本の伝統工芸品の総生産額は、
1990年代のピーク時には5千億円に達していた。
今や、1千億円にすら満たない。
三十年で、五分の一以下にまで縮小した。
伝統工芸に従事する職人の数は、
1990年には約20万人いた。
現在、8万人を割り込んでいる。
三十年で、六割減少した。
そして2050年代までに、
この数字はさらに四割減ると予測されている。
養蚕農家——
西陣織の原料である生糸は、蚕からもたらされる——
昭和51年、日本には22万戸の養蚕農家があった。
今日では、1千戸にも満たない。
22万から、1千へ。
最後の蚕農家が消えたとき、
西陣織は、何を使って織ればよいのだろうか。
なぜ、こうなってしまったのか。
西陣織が美しくないからではない。
世界中の人々が
京都を訪れ、
その燦然たる輝きを放つ織物を目にすれば、
誰もが足を止める。
ルイ・ヴィトン、エルメスといった
世界のトップラグジュアリーブランドも、
かつて日本の伝統工芸を訪ね、
協業を求めた。
鑑賞する人がいないからではない。
そうではなく——
市場の論理と、文化の論理は、
二つの異なる言語だからだ。
一反の西陣織を織るのに、
どれほどの時間がかかるだろうか。
図案の設計から、機(はた)への糸掛け、
そして杼(ひ)を一筋一筋通して織り上げるまで——
上質な西陣織を一反織るには、
一人の熟練職人が
数週間、ときには数か月もの時間を費やす。
この反物は、
いくらで売れるのか。
仮に数十万円で売れたとしても、
原材料費を差し引き、工房の経費を差し引けば、
一人の職人が
一か月で得られる稼ぎは、
スーパーのレジ打ち店員にも及ばないかもしれない。
この技を習得するには、十年かかる。
自活できないのなら、学ばないほうがましだ。
これは現実だ。
悲観論ではなく、
ただの算術である。
若者が学びたがらないわけではない。
後継者が見つからないだけではなく、後継者になりたい人がいても売り上げが減少して雇用できないという工房も多い——
学びたい人がいたとしても、
工房側がその人を養うだけの余裕がないのだ。
これは最も残酷な消滅の形だ——
見向きもされないのではなく、
愛してくれる人がいるのに、
それで生計を立てられない。
さらに根深い問題もある。
機械は、西陣織に「見える」布を織り上げることができる。
柄も似ており、
色合いも似ていて、
価格は本物の十分の一にすぎない。
一般の消費者には、
その見分けがつかない。
彼らは機械織りのものを買う。
安く、事足りるからだ。
こうして、
本物の職人は
市場を失った。
市場を失えば、
収入を失う。
収入を失えば、
後を継ぐ者がいなくなる。
後を継ぐ者がいなくなれば、
技は途絶える。
これは、完全なる死の循環だ。
そして失われたものは、
本当に失われてしまう。
どこかに保存されていて、
再び発見される日を待っているわけではないのだ。
伝統工芸の知識は、
これまで一度として完全に文字として書き残されたことがない。
それは職人の手の中に宿り、
その眼の中に宿り、
何十年と繰り返された触覚の中に宿っている——
今日の絹糸をどう扱うべきか見極める感覚、
この布にあとどのような工程を加えるべきかを知る直感、
手で触れて初めてわかる、
身体だけが記憶しているもの——
その知恵を持つ最後の人間が
手元の杼を置いたとき、
その知識は
消滅する。
検索することも、
ダウンロードすることも、
復元することもできない。
永遠に、消え去るのだ。
孔子は言った。
「逝く者は斯(か)の如きか、昼夜を舎(お)かず。」
時間は大河のように、
昼夜を問わず流れ去っていく。
私たちは普段この言葉を使って、
時の流れの早さを嘆く。
だが今日、
この言葉にはもう一つの意味がある——
それらの技もまた、大河のように、
昼夜を分かたず、
流れ去っているのだ。
それを遮り止められる者は誰もいない。
誰かが進んで
川辺に立ち、
それを受け止めようとしない限り。
しかし、物語はまだ終わっていない。
なぜなら、
まさにこの最も暗い瞬間に、
いくつかの光が、
思いがけない場所から差し込んできたからだ。
外国人が、買い始めた。
日本を旅する外国人たちが、
ますます多く、
わざわざ伝統工芸品を求めてやって来る。
ただの観光土産としてではなく、
その価値を真に理解する人たちだ。
近年伝統産業への注目度が高まり、伝統産業をこれからも続けていくために求人募集をするところも増加している。
そして、
一つの変化が静かに起きつつある——
手仕事の価値を理解し、
それに見合う対価を惜しまない人が、
少しずつ増えているのだ。
決して多くはないが、
確実に増えている。
活路は国内ではなく、
世界にあるのかもしれない。
世界中には数え切れないほどの人々が、
機械で大量生産された物に囲まれて生きている。
彼らは渇望し始めているのだ——
人の気配が宿るものを。
その刃物、その布、その漆器には、
誰かの手があり、
ある時間が込められ、
一人の人間が
心を込めて作った痕跡がある。
この渇望が、
いまや市場へと変わりつつある。
しかし、それには時間がかかる。
そして職人には、
そこまで待てるだけの時間がない。
日本の伝統工芸は、どこへ向かうのか。
簡単な答えなどない。
だが、一つだけ確かなことがある——
誰もがその価値に気づくまで待ってから
救おうとしたのでは、
もう遅すぎるのだ。
その時には、
作り方を知る最後の人間が、
すでに杼を手放してしまっている。
その知識は、
彼とともに
去ってしまっているのだ。
私たち現代の世代は、
おそらく、
これらの技が生きている姿をこの目で目にできる最後の世代かもしれない。
これは一種の特権であり、
また一つの責任でもある。
見届けることそれ自体が、一種の守護なのだ。
その価値を知り、
より多くの人に語り伝え、
より多くの人に知ってもらうこと——
この品には、
この価格に見合う価値があるのだと。
この品は、
待つに値するものなのだと。
この品は、
後世へと残されるべき
価値があるのだと。