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甘、酸、辛、苦、塩 五味が体を助け、害する仕組み

五つの味、甘、酸、辛、苦、鹹は、単なる感覚の快楽ではありません。
古代医学の知恵  第 9 話

私の患者の一人は70代の女性で、お菓子づくり、とくにチョコレートケーキづくりが大好きです。彼女の台所は、よく砂糖がキャラメル化する香りで満たされます。台の上でバターが柔らかくなり、ボウルの中でチョコレートが溶け、オーブンのタイマーが減っていく音が響きます。

しかし、彼女がかつてもっと好きだったのは、焼いたお菓子そのものを食べることでした。

彼女が初めて私の診療所を訪れたとき、すでに体重は増えすぎており、血糖値も上がり続けていました。

「ケーキを食べるのをやめられないんです」と彼女は私に言いました。「食欲をなくして、もう欲しくならないようにしてほしいんです」

甘い味を摂りすぎていたことが、食べたものを消化し、代謝する体の力を弱めていました。その結果が、体重の増加と、なかなか落ち着かない血糖値だったのです。しかし、もっと根本的な問題は、彼女の食事に「欠けていた味」にありました。

古代中国の医学書『黄帝内経』は、五つの味、甘、酸、辛、苦、鹹を、単なる感覚的な快楽以上のものとして描いています。

この古典的な五味理論によれば、それぞれの味には、特定の働きと、体との特有の関係があるとされています。適度に味のついた、バランスの取れた食事は健やかな働きを支えますが、どの味であっても、摂りすぎれば体を損ねてしまいます。

西洋科学もまた、味というものを、口の中だけにとどまらず、体全体の生理機能に関わる、一種の生物学的な信号として捉えています。
 

甘さ:養い、鎮める味

中医学における「甘い味」とは、主に全食品が持つ、穏やかな自然の甘さを指すものであり、精製された砂糖そのものを指すわけではありません。

中医学では「中庸(バランス)」が何より重視され、甘さには、強すぎる他の味を和らげる働きがあるとされています。だからこそ、穀物、豆類、野菜など、穏やかな甘みを持つ食品が、中国の伝統的な食事の主役を担っているのです。

自然な甘さは、体を養い、活力を与え、緊張や不快感を和らげると、古くから言われています。体をめぐる生命エネルギー「気」の流れを整えることで、甘さは、ストレスを和らげるのと似た、心を落ち着ける効果を生み出すのです。実際、現代の研究でも、チョコレートのような、ほどよく甘いものを食べると、一時的に気分が良くなり、安心感を得られることが示されています。

ただし、甘さが心を鎮めてくれるのは、あくまで短期的な話です。摂りすぎれば、害になります。

中医学では、甘い味は脾(消化器系)と胃に関わるとされ、糖分の多い食品や飲み物を摂りすぎると、消化に負担がかかり、お腹の張りや、さらなる甘いものへの渇望、気力の低下を招くことがあります。現代の栄養学でも、精製糖の過剰摂取は、糖尿病などの代謝異常や、心血管リスクの上昇につながることが分かっています。
 

酸味:引き締め、遅らせる味

酸味は、甘さの摂りすぎを抑える、いわば主役となる味です。とても甘い料理の後味を切るために、ドレッシングにレモンを少し垂らしたり、酢を一振り加えたりした経験があるかもしれません。

実際、現代の研究でも、レモン汁や酢が炭水化物の消化を遅らせ、食後の血糖値やインスリンの反応を抑えることが示されています。これは、胃から食べ物が送り出されるスピードを遅らせ、炭水化物の消化のされ方に影響を与えるためかもしれません。

化学的に見ると、酸味は有機酸とタンニンから生まれます。どちらも、口の中をキュッと引き締める、いわゆる「渋み(収れん作用)」を感じさせる成分です。

中医学では、酸味の性質は「収縮」にあるとされます。気を体の内側へ引き寄せ、引き締め、物事をその場にとどめる働きです。

この引き締める働きのため、酸味のある食品や生薬は、下痢や出血、月経過多を抑えるために使われてきました。ただし、酸味を摂りすぎると、逆に気の巡りが制限されて滞りが生まれ、お腹の張りや便秘につながることがあります。
 

辛味:温め、散らす味

辛味は、酸味の摂りすぎを抑え、滞ったものを散らして動かす働きを持ちます。

この味は気を体の外側へ向かわせ、血や気の巡りを促し、毛穴を開かせます。そのため、消化不良やお腹の張りがあるときには、生姜茶のような、ほどよく辛みのある飲み物が、滞った気や、お腹に溜まったガスを動かし、満腹感や消化の不快感を和らげる助けとして、伝統的に使われてきました。

現代の生理学も、似たような効果を認めています。ただし、辛さや刺激そのものを「味」の一種として分類はせず、熱や痛みに関する身体感覚として定義しています。カプサイシン、アリシン、ジンゲロールといった辛味成分は、神経を刺激し、涙や汗、熱さや痛みといった感覚を引き起こすことがあります。

唐辛子、玉ねぎ、生姜、ニンニクといった辛い食品を食べたとき、食欲が刺激され、体がじんわり温まって汗をかいた経験を思い出す方もいるでしょう。しかし、辛い食品を摂りすぎると、体の中に熱がこもり、気が外へ散りすぎてしまい、胃酸の逆流や腸の不調、下痢や嘔吐につながることがあります。
 

苦味:冷やし、血糖を整える味

苦味は伝統的に、体内の余分な熱を取り除き、気を下へ向ける働きがあるとされています。

そのため、適度な苦味は、辛い食事による、体を温めて気を外へ散らしすぎる働きを和らげるために使われます。

苦い食品は、バランスの取れた食事の中の、あくまで控えめな一部にとどめておくのがよいでしょう。苦味には乾燥させ、体から排出させる働きもあるため、摂りすぎると口や喉の渇き、便秘につながることがあります。

興味深いことに、中医学では苦味は糖尿病の治療にも用いられます。現代の研究では、苦味を感じる受容体が、消化管にも存在することが分かっています。これらの受容体は、食後の血糖調整に関わっているのです。

苦味のある成分は、胃や腸にあるGLP-1(グルカゴン様ペプチド1)受容体を活性化させ、腸のホルモンであるGLP-1の分泌を促します。これがインスリンの分泌を増やし、食後の血糖値の急上昇を抑える助けになります。
 

鹹味(塩味):潤し、とどめる味

五番目の味である鹹味(塩味)は、腎と膀胱に関わるとされています。体を潤し、柔らかくし、排便を促すことを含めた、下へ向かう動きを促します。

少量の鹹味は、体に潤いを与え、体液を支えます。実際、水に少量の塩を加えると、体への吸収が良くなることも研究で示されています。

伝統的に、適度な塩分は、苦味の摂りすぎによる過度な乾燥や、体液の消耗を和らげる働きがあるとされます。ただし、塩分を摂りすぎると、腎の水分調整の働きに過剰な負担がかかり、水分の滞留やむくみ、体の重さにつながることがあります。

現代の研究も、これと同じ方向性を示しています。生理学的には、腎臓はナトリウムと水分のバランスを調整していますが、塩分を摂り続けるとこのバランスが乱れ、腎臓に負担をかけることがあります。塩分の多い食事は、尿へのカルシウムの排出を増やすことにもつながり、骨の健康にも影響を及ぼす可能性があります。

中医学の五味の考え方では、自然な甘さは、気の流れを支え、消化を調和させることで、塩分の多すぎる食事のきつさを和らげ、体が水分と食べ物の運び方のバランスを取り戻す助けになるとされています。ただし、甘さが過剰な塩分を打ち消せるわけではありません。塩分そのものを減らすことで対処する必要があります。

異なる味が互いにバランスを取り合うのと同じように、それぞれの味は互いを支え、ほどよく抑え合うことで、体に良い働きが行き過ぎずに発揮されるようになるのです。
 

心を込めて食べる

五味の考え方は、単なる理論にとどまりません。日々の食事との向き合い方を、まったく新しい視点に変えてくれるものでもあります。

一度立ち止まって、自分に問いかけてみてください。今の食事の中で、最も強く主張している味はどれか。逆に、足りていない味はどれか。そしてその味は、食品そのものの味なのか、それとも加えられた砂糖や塩、加工によるものなのか。

1. 何が支配しているかに目を向ける

バランスの取れた食事とは、五つの味を均等に含む食事、という意味ではありません。大切なのは、一つの味が、日々の食事を支配し続けてしまわないようにすることです。つまり、繰り返されるパターンに気づくことが重要なのです。

たとえば、食後にいつまでも甘みが強く残ったり、辛さや塩けが食材そのものの味をかき消してしまったりと、一つの味に支配されたように感じる食事があるかもしれません。自分が食べているものを見つめ直し、他の味も、無理のない形で取り入れてみてください。

砂糖と塩は、現代の食事にありふれた味であり、見た目には甘さや塩けを感じさせない製品にも、よく使われています。食品表示を確認することで、甘さや塩分の摂りすぎを避けられます。

2. 自然な味を加える

ここでの考え方は、食事から楽しみを取り除くことではありません。むしろ、もっと繊細な味わいも楽しめるように、自分自身に機会を与えるということです。加工食品は味を過剰に強調しがちで、どうしても濃い味になります。一方、素材そのものの味は、もっと穏やかなものです。

たとえば、よく熟したニンジンやサツマイモには、優しい甘みがあり、同時に食物繊維や微量栄養素も摂ることができます。一方、加工された甘い食品や砂糖入りの飲み物は、濃縮された糖分だけを体に届けます。

3. 味のバランスを取る

全粒穀物、豆、ナッツ、野菜、果物、動物性タンパク質など、さまざまな食品を食べることで、異なる味を取り入れましょう。

色は、食事に多様性をもたらす一つの手がかりです。中医学では、食品の色の違いが、しばしば味の違いとも結びついています。その季節に出回る色とりどりの果物や野菜は、その時期に体が最も必要としている食品であることが多いのです。たとえば、9月から11月にかけて育つ冬カボチャは、体を補い、気を支え、寒さを散らす、甘い味の野菜とされています。

それぞれの味は、異なる臓腑のシステムに対応する傾向があるため、季節の食材を幅広く食べることは、同時に、さまざまな味を取り入れることにもつながります。

4. 自分の「渇望」を理解する

食べたい、という渇望そのものにも、目を向ける価値があります。

甘いものや、強く加工された食品への渇望は、体のバランスが崩れているしるしかもしれません。その渇望にただ従うのではなく、まずは何がそれを引き起こしているのかを理解してみてください。ストレスなのか、睡眠不足なのか、感情的なものなのか、それとも食事そのものの偏りなのか。意志の力だけに頼るよりも、根本的な原因に向き合うほうが、多くの場合、助けになります。

チョコレートケーキを愛していた、先ほどの患者さんの場合、治療は甘い食べ物を完全に禁じることではなく、少しずつ、より健やかなバランスを取り戻す手助けをすることでした。彼女は規則正しい食事の時間を守っていなかったので、まずは朝食を毎日きちんと取るよう勧めました。そして、甘いものが欲しくなったときは、夜ではなく、日中の早い時間に、小さく一切れだけ食べるようにしてもらいました。夕食には、野菜など、自然な食品を使った食事を取り入れ始めました。

それから数カ月のあいだに、体の内なるバランスが整っていくにつれて、ケーキやチョコレートへの渇望は、自然と、ずいぶん穏やかになっていきました。無理に食べるのをやめさせたわけではありません。ただ、以前ほどそれを欲しいと感じなくなったのです。体重は少しずつ落ち着き、血糖値の管理も改善していきました。

彼女の例は、中医学における大切な一つの原則を物語っています。一つの味だけに偏った食事を続けると、体のバランスは崩れていきます。しかし、体のバランスが整い始めると、人は自然とより良い食事を選ぶようになり、より幅広い味わいを楽しめるようになっていくのです。
 

この記事で表明されている見解は著者個人の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。

(翻訳編集 日比野真吾)

Shu Rong
著者は、600年の歴史を持つ中医学の名門家系に生まれた中医師である。中医学と西洋医学の双方を学び、中国屈指の名門医科大学である同済医科大学附属病院において、責任医師として勤務した経歴を持つ。 現在は英国ケンブリッジで多くの患者が訪れる中医学クリニックを運営し、複雑な症状を抱える患者の根本的な回復を支えている。症状を一時的に抑えるのではなく、原因に働きかける「回復を促す医療」を理念とし、自然な方法による真の治癒への道を示している。 これまでに、ドバイ副首長をはじめ、世界各地の患者が「治らない」とされた病から回復するのを助けてきた。著者は、Shu Rong Herbalsの創設者でもある。