魂の継承――唐の時代から今日まで続く旅館【日本の中の「仁義礼智信」19】

西暦705年。

中国では武則天が世を去ったばかりで、唐の中宗が復位した。

ヨーロッパは、いまだ中世の暗黒の中にあった。

コロンブスがアメリカ大陸に到達するまでには、まだ800年近い歳月がある。

 

まさにその年、

日本の山梨県の深山で、

一軒の旅館が開かれた。

 

その旅館は、

今もなお存在している。

 

名は、西山温泉慶雲館。

 

ギネス世界記録によって、

「世界最古の宿泊施設」として正式に認定されている。

 

千三百年。

 

政権の移り変わり、吹き荒れる戦乱、

地震、火災、近代化の衝撃、

そして二度の世界大戦――

 

この旅館は、

それらすべてを生き延びてきた。

 

多くの人が真っ先に抱く疑問がある。

 

「ならば泊まれば、1300年前の部屋で眠ることになるのか?」

 

そうではない。

 

日本は地震や火災が多く、

木造建築は絶え間ない修繕や再建を必要とする。

慶雲館の現在の建物も、

歴代の改修や近代化工事を経ており、

とうに西暦705年のそれではない。

 

だがそれこそが、この物語を

より興味深いものにしている。

 

なぜなら、この事実はある一つの真理を示しているからだ――

 

一軒の旅館にとって真に困難なのは、

古い建物を保存することではなく、

その営みを

幾世代にもわたって継承し続けることなのだと。

 

門の外の世界は、数え切れないほど塗り替わってきた。

 

武士、商人、文人たちが、

山を越え、谷を渡ってここへやって来た。

徳川幕府の創設者である徳川家康も、

かつてここの客であったと伝えられている。

 

昔の旅人は馬に乗り、あるいは歩いて訪れたが、

今日の旅人は電車やバスに乗ってやって来る。

 

今日の宿泊客はスマートフォンを手にチェックインし、

昔の旅人は荷物を背負ってやって来た。

 

だが、ある一つのことだけは、

これまで一度も変わっていない――

 

客が門をくぐり、

食事をし、

湯に浸かり、

一夜の眠りを経て、

翌日また旅立つこと。

 

千三百年もの間、

旅館の果たす役割は、

ただこれだけである。

 

このことは、日本のある言葉を想起させる。

 

「不易流行(ふえきりゅうこう)」

 

この四文字は、俳聖・松尾芭蕉の残した言葉だ。

 

「不易」――永遠に変わらないもの。

「流行」――時代とともに変化するもの。

 

真の継承とは、

あらゆるものを昔のまま手つかずに保存することではない。

何が変えてよいものであり、

何が決して変えてはならないものであるかを、

知ることにある。

 

建物は、再建すればよい。

道具は、新しくすればよい。

交通手段も、変わって構わない。

 

だが、もてなしの心だけは、

変えてはならない。

 

あの温かい一椀の汁、

あのあたたかな温泉、

旅人の疲れを癒やそうとする真摯な心づかい――

 

これこそが、慶雲館において千三百年間、

一貫して変わることのなかったものである。

これこそが、その「魂」なのだ。

 

日本の醤油の老舗であるヤマサ醤油は、

1645年に創業し、

すでに第12代へと受け継がれている。

 

第12代当主の濱口道雄氏は、

長く心に残るある言葉を語った。

 

「先代からバトンを受け、

そのバトンを後継者に渡すのが、

私の大事な役割です。」

 

先人からバトンを受け取り、

そのバトンを、

次の担ぎ手の手に手渡すこと。

 

それこそが、私にとって最も重要な使命である。

 

一番多くの金を稼ぐことでもなければ、

会社を最も大きくすることでもない。

 

ただ――

 

受け止め、そして次の世代へ繋ぐこと。

 

そのバトンの中にあるのは、

単なる配合や技術だけではない。

仕事に向き合う姿勢であり、

客に対し、仕事に対し、そして己自身に対峙する道である。

 

それこそが、魂なのだ。

 

日本には、創業100年を超える企業が約2万社存在し、

200年以上の企業は938社、

300年以上の企業は435社にものぼる。

 

この数字は、

世界中を見渡しても類を見ない。

 

なぜだろうか。

 

研究者たちは、

これら老舗企業に共通する一つの特徴を見出した――

 

そのいずれもが、「家訓」を持っているという点だ。

 

利益目標を記した家訓ではない。

市場戦略を掲げた家訓でもない。

 

そこに記されているのは――

 

我々はいかなる人間であるべきか、

いかなる心をもって、

この生業に向き合うか、ということだ。

 

京都の蕎麦の老舗「本家尾張屋」は、

1465年に創業し、すでに16代を数える。

 

聖護院八ッ橋総本店は、

1689年に創業し、

今もなお京都の地に息づいている。

 

旅館、日本酒、和菓子、醤油、刃物――

 

これらの産業に息づく百年老舗のなかに、

「利益の最大化」によって生き延びてきた店は一軒としてない。

 

彼らが生き永らえてこられたのは、

各世代の担い手たちが、

己が何を守り抜くべきかを熟知していたからだ。

 

孔子の弟子である曾子は、『論語』の中でこう説いている。

 

「吾日に三たび吾が身を省みる。

人の為に謀りて忠ならざるか。

朋友と交わりて信ならざるか。

習わざるを伝うるか。」

 

第三の問い――「習わざるを伝うるか(学んだことを実践したか)」。

 

しかし、思うに

この言葉にはもう一つの意味が込められているのではないか――

 

受け継いできたものを、

お前は真摯に守り抜いてきたか、と。

 

あのバトンを

手にしたとき、

真剣に考えたことがあるだろうか――

 

このバトンとは、いったい何であるのかを。

 

それは単なる商売ではなく、

単なる建物でもなく、

単なるブランドでもない。

 

幾世代もの人々が、

心を尽くして生きてきた証なのだ。

 

慶雲館には現在、計6か所の浴場があり、

そのうち4か所が露天風呂である。

 

湯に身を浸せば、

目の前には南アルプスの渓谷が広がり、

耳にはせせらぎの音が届く。

 

これこそが、

千三百年前の旅人たちもまた

分かち合っていたであろう歓びだ。

 

時代は移り変わろうとも、

この情景だけは、今も昔もほとんど変わっていない。

 

一軒の旅館が、

なぜ唐の時代から今日まで生き続けることができたのか。

 

それは深山幽谷にあり、

誰にも知られず、

邪魔されることがなかったからではない。

 

それどころか、まったくの逆である――

 

徳川家康もまた、ここに足を運んだ。

武士も、商人も、文人も、みなここを訪れた。

 

見出され、

必要とされ続けて、

千三百年。

 

それは、この旅館がただ一つのことを貫いてきたからにほかならない――

 

門をくぐった人の

疲れを解きほぐし、

心地よい眠りを与え、

そして、再び送り出すこと。

 

この営みには、

AIも要らなければ、

ビッグデータも要らず、

近代技術のいっさいを必要としない――

 

必要なものはただ、

客を真摯にもてなす、

まごころ一つである。

 

そしてこの心を継承するために

必要なのは、契約書でも法律でもなく、

次の世代が

それが何であるかを心から理解することだ。

 

この心が失われれば、

たとえ旅館の形は残ろうとも、

もはやそれはかつての慶雲館ではない。

 

これこそが、企業の魂である。

 

そしてまた、ある民族が

最善のものを

幾世代にもわたり、

厳かに手渡してきた道でもある。

 

曾子は「習わざるを伝うるか」と問い、

千三百年を生きた慶雲館はこう答える――

 

「我らは、今もここにいる」と。

 

この一言こそが、

すべての答えである。

日本の中の「仁義礼智信」
林道悟
日本の日常に宿る美と、東洋の生活の知恵を発信するコラムニスト。