日本には578年創業の企業がある。
金剛組。
神社仏閣を専門に建造する宮大工の会社である。
飛鳥時代に創業し、聖徳太子が四天王寺を建立するため百済から職人を招いたことに始まる。
一千四百年以上もの間、今日まで続いてきた。
戦争をくぐり抜け、災害をくぐり抜け、時代が何度も移り変わっても、なお続いている。
なぜか。
金剛組には、古い家訓がある。16か条にわたって伝わっているその家訓は、総じて言えば、「技術を売るな、志を売れ」ということだ。
技術は時代とともに変わる。しかし、なぜこの仕事をするのかという「志」は変えてはならない。
一千四百年の間、彼らが建ててきたのは単なる建造物ではない。人と神仏を繋ぐ場所である。この志が続く限り、会社は続くのだ。
現在、日本には創業百年を超える企業が約5万社ある。
創業二百年を超える企業は約1千社。創業三百年を超える企業も数百社存在する。
いずれも世界一である。
なぜ日本にだけ、これほど多くの長寿企業があるのか。
研究者たちがその秘密を探り、ある一つの事実に辿り着いた。
長く続く企業には、必ず「家訓」がある。
そこに書かれているのは、いかに利益を追い求めるかではなく、いかに人間として生きるか、である。

京都の老舗和菓子店「とらや」は、五百年続いている。
その家訓には、こう書かれている。
「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」
これだけである。経営戦略もなければ、利益目標もない。
しかし五百年の間、この一言があらゆる判断の基準となってきた。
新しい材料を使うべきか? → 食べる人は喜ぶか?
値上げをするべきか? → 食べる人は喜ぶか?
海外へ進出するべきか? → 食べる人は喜ぶか?
判断基準が一つだけだからこそ、揺らがない。揺らがないからこそ、続くのである。
儒教では「義」をこのように説明する。
義とは、正しいことを行うことである。利益のためではなく、それが正しいからこそ行うのだ。
孔子は言った。
「君子は義に諭(さと)り、小人は利に諭る」
本物の君子は義によって判断し、小人は利益によって判断する。
三百年以上続く企業の経営者たちは、論語を経営の教科書にしていたわけではない。しかし彼らの家訓が語っているのは、すべて同じことである。
「義」は「利」に先立つ。
これこそが、千年経営の答えである。
現代のビジネスは、四半期ごとに利益を厳しく問われる。
来年よりも、来月のことを気にする。百年後の経営を考える者など、今やごくわずかしかいない。

しかし金剛組の宮大工は、寺を建てる際、今でもこう考えるという。
「この建造物は、三百年後も残っているだろうか」
三百年後のことを考えながら、今日の一本の柱を削る。
その一本の柱の中に、「義」がある。
家訓とは、単なる文字ではない。
それは創業者が子孫に遺した、「何のために生きるのか」という問いへの答えである。
たとえ金が底をつき、時代が変わろうとも、この問いへの答えが変わらない限り、企業は存続する。
人間もまた、同じかもしれない。
自分自身の心の中に、決して変えてはならない「この一行」があるだろうか。
それこそが、「義」である。

それは創業者が子孫に遺した、「何のために生きるのか」という問いへの答えである(Shutterstock)

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