庭の片隅に、ランタナがひっそりと咲いている。
偶然足を止めなければ、気づかずに通り過ぎていたかもしれない。
丈は低く、花も小ぶりで、
バラのような華やかさも、牡丹のような豪華さもない。
それでも、しゃがみ込んで一房をじっくり見つめていると、
胸の奥に、うまく言葉にできない感動がじわりと広がってくる。
一つの花房の中に、赤、橙、黄、ピンク、さまざまな色が咲いている。
けれども、いっせいに満開になるわけではない。
よく見ると、それぞれに自分の咲きどきがある。
この花はほころび始めたばかり、あの花はいままさに盛り、
また別の花は静かに役目を終えて、次の色に場所を譲っている。
全体を独り占めしようとする色はない。
人より先に咲こうと焦る花もない。
ただ、自分の咲くべき時に、静かに咲いているだけだ。
その順序があるからこそ、
この一房は、いちばん豊かな美しさを見せてくれる。
一、争わないことは、より深いゆとりである
私たちが生きるこの時代は、争うことに慣れすぎている。
順位を争い、資源を争い、速さを争い、注目を争う。
幼い頃から、
「スタートで出遅れるな」
「人より一歩先へ」
「いちばんいい場所を取れ」
と言われ続けてきた。
けれども争い続けた末に、多くの人が気づく。
疲れだけは増えていくのに、幸せがそれに比例して増えるとはかぎらない、と。
老子は『道徳経』でこう述べている。
「夫れ唯だ争わず、故に天下能く之と争うこと莫し」
ただ争わないからこそ、天下の誰もその人と争うことができない。
初めて読むと逆説のように聞こえるが、
かみしめるほどに大きな知恵がひそんでいる。
本当に力のあるものは、争うことで自分を証明する必要がない。
ランタナは、その何よりの証しだろう。
争わないのに、毎年みごとに咲く。
奪わないのに、一つひとつの花に、ちゃんと自分の時が巡ってくる。
争わないとは、負けを認めることでも、引き下がることでもない。
もっと深いところにあるゆとりだ。
自分はいつか咲くとわかっているから、慌てなくていい。
二、天が与えた才には、それぞれの使命がある
李白はかつて高らかに詠んだ。
「天の我が材を生ずるは必ず用有り、千金散じ尽くすも還た復た来たる」
天が自分に与えた才には必ず使いどころがある、
千金は使い果たしても、またいつか巡ってくる、と。
この詩は、千年を超えて数え切れないほどの人を励ましてきた。
けれども今日は、少し違う角度から読み直してみたい。
「天生我材必有用」とは、自分に才能があるという話にとどまらない。
この世に生まれてきたその時から、
自分だけの使命を携えている、
という意味でもあるのではないか。
ランタナの花房に、余分な色は一つもない。
赤の情熱、黄の明るさ、ピンクの優しさ、白の清らかさ。
どれか一つが欠けただけで、その一房はもう完全ではなくなる。
人もまた、同じだ。
この世に、まったく同じ二枚の葉はない。
まったく同じ使命を負った二人の人間もいない。
生まれつき人の話を聴くのが得意な人は、
誰かの人生にとっていちばん温かな支えになる。
鋭く、決断力のある人は、ここという場面で前に出る。
黙々と積み重ねを続ける人は、平凡な日々を味わい深いものに変えていく。
どの使命がより尊いということはないし、余分な存在など一つもない。
私たちはしばしば他人の色を羨む。
そして、自分の色もまた誰にも代えられないものだということを、
つい忘れてしまう。
三、人生は一冊の台本、役にはそれぞれ出番がある
昔から「人生は芝居のようなもの」と言われてきた。
一見、軽口のように聞こえるが、そこには深い意味が隠れている。
シェイクスピアもこう書いている。
この世はすべて舞台、人はみな役者にすぎず、
それぞれに登場と退場の時がある、と。
東洋と西洋の知恵が、この一点で見事に重なり合う。
よく考えてみれば、
私たち一人ひとりの人生も、
あらかじめ大筋の描かれた台本なのではないだろうか。
幼い頃は、守られる子どもとして、好奇心いっぱいの目で世界を見渡す。
若い頃は、探し求める者として、つまずきながら自分の進む方向を探る。
大人になれば、親となり、伴侶となり、同僚となって、
さまざまな関係の中でさまざまな役を演じる。
年を重ねれば、知恵ある者となり、
導き手となって、歩いてきた道で受け取った光を、
後から来る人へ手渡していく。
どの時期も、台本に欠かせない一幕だ。
無駄な幕は一つもなく、飛ばしていい役も一つもない。
ランタナと同じである。
赤が咲き終わって、はじめて橙の番が来る。
橙が退いて、はじめて黄が舞台に上がる。
どの色も自分の時を待っている。そしてその時は、必ずやってくる。
「いつになったら咲けるのか」それが問題だったことは、一度もない。
問われているのはいつも、
自分が咲くそのときに、本気で咲く用意ができているか、である。
結び:自分に与えられた時に、悔いなく咲く
人生でいちばん深い課題は、
いかに他人に勝つかではなく、いかに自分を知るかなのかもしれない。
自分の色を知り、自分の咲どきを受け入れる。
そして、この世に生まれてきたその時から、
自分にしか果たせない使命を帯びているのだと信じること。
人が早く咲いたことを羨む必要はないし、
自分が遅かったことを悔やむ必要もない。
ランタナは、先か後かを問わない。
ただ、自分の色を出しきったかどうか、
その一瞬の美しさをこの世界に確かに残したかどうかだけを問う。
自分の場所に立ち、いまこの瞬間の役を真剣に演じ、
この一幕に心を込めて生ききる。
それが、あなたのこの一生でいちばん美しい花の咲かせ方だ。
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