中国崑崙山の仙人(25) 除妖

【大紀元日本4月30日】

前書


本文は、私が知り合った先天道を修めた平先生(500歳)の経歴を記録したもので、文章はすべて記憶によるものである。何人かの人の記憶を統合したもの、または私と平先生の間であった途切れ途切れのいくつかの対話を元に書いたものであるため、文の繋がりがよくないと感じるところもあると思われる。私はそれらを一つに統合し、論理的な文脈を整えるため、想像を使った文字を加える場合があったが、事実を離れた記述はない。平先生との経験から、私は世の中の多くの出来事は人が思っているものとはまったく違うということが分かった。本文を読んだ後、多くの人は考え方が変わると思う。

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十六、妖怪を除く

洞庭湖についた後、平先生は龍陣を立て、黒魚妖怪の全ての退路を閉じ、「蜮」を放して、それと戦わせた。

妖怪と戦ったその夜、暴風雨があった。私たちは湖の近くに廃棄された一つの小屋を見つけた。恐らく漁師たちによって建てられ、後で廃棄された小屋であったと思う。扉はくぎの打ってある壊れた木の板であったが、ぼろぼろになって、中の壁の隅に倒れていた。私がその扉を引き上げると、下には干し草があり、それをひっくり返すと、その下はとても湿っぽくて、虫もいた。私たちは地面を掃除して濡れた草はほうりだし、代わりに乾いている草を地面に敷きつめ、その上に座った。

部屋の中には湖に向かう小さな窓があり、湖の光景を見ることができた。平先生は私の面倒を見るよう神医にお願いし、あちこちに足を運んではいけないと、くれぐれも頼んだ。私がうなずくのを見て、彼は壇子をさげて小屋を出た。

その日は、空は朦々と曇っていた。湖水ははるかに眺めても果てがなく、水面と天空が隣接しているところは朦々としていて、見ているうちに気持ちが晴れやかで愉快だった。だが、私が一番楽しみにしているのは、これらの光景よりも、夜の黒魚妖怪との大戦である。今までやってきたことや準備したことなどは、みなこの日のためであったからだ。

平先生が出た後、私と神医だけが部屋に残った。神医は干し草の上で坐禅を組んで座り、私に靜息して禅定に入ったことがあるかと聞いた。私が茫然として首を振ると、彼は笑いながら、「残念だ、残念だ」と言った。私は彼の言う意味がさっぱり分からなかったが、神医は笑って答えなかった。日が暮れた後、突然大風が吹き始め、だんだん酷くなり、暴雨が降り始めようとしていた。湖上を眺めると、至る所すべてが真っ黒となって、何も見えなかった。

神医は、大戦はそろそろ始まるので自分は観戦に行くと言った。私がどう見るのかと聞くと、大戦の戦場は湖底で、しかも他の空間で行われるので、私みたいな凡人の肉眼には見えないのだと答えた。見えたとしても、湖面で広がるいくつかの波紋だけが目に入るかもしれないが、この天気では恐らく波紋さえ見えないかもしれないと言った。話し終わると彼は私の頭をなでながら、ハハハと笑い始めた。

先ほど彼が口にした「残念だ、残念だ」という言葉の意味がよく分かった。私は急いで窓から頭を伸ばし、湖の中を見ようとした。しかし、周辺は真っ黒で、何も見えなかった。湖水も真っ黒だった。私はとても焦って、悲しくなってきた。めったに見えないこのような素晴らしい大戦は、どうしても見逃したくない。急いで振り返って、神医になんとかして私も連れて一緒に行くようお願いしようとした。

しかし、振り返ると、彼はもう坐禅を組んで禅定に入っている。私は悔しくてたまらず、側に座って大戦が終わるまで待つしかなかった。平先生が帰ってきたら詳細を聞くしかないと思った。その後、暴雨が降り始め、降れば降るほど大きくなり、小屋の瓦に触れるとがたがたと音を出していた。雨は扉に沿って部屋の中まで降り込んできた。私は急いで扉を閉じ、棍棒でそれを支えた。しばらくすると地面は濡れてきて、屋根も雨漏りした。水は屋根の穴のあるところから下へ落ち、神医の体に落ちたが、彼はまったく知らず、動きもしなかった。私は急いで遮るものを探してきて、彼を遮った。

私は神医を雨から遮ってあげながら、顔をそむけて湖面を眺めたが、何も見えなかった。どれくらい経ったのか分からないが、突然、遠くの湖面の上を円形の白光が眩しく輝き、回転するのが見えた。それは、湖底から発射されたようで夜空を直射したが、この真っ黒な夜で見ると、とても目立った。数秒間続いた後、その白光は消えてなくなり、周辺はまた真っ黒となり、何も見えなくなった。

しばらくすると、雨も風も止んだ。明け方、神医は禅定から出た。彼はひげを触りながら、絶えず「見事だ」、「見聞が広まった」と感嘆した。私は更に好奇心から、いったい何を見たのか、黒魚妖怪は平先生に除かれたのかと、彼に答えを催促した。しかし、彼は私のやきもきした様子を見て、笑って教えてくれない。ところが、そんな私をからかうかのように、神秘的な様子で、頭を振りながら、天機を漏らしてはいけないと言った。私はとても悔しかった。

しばらくして、平先生が帰ってきた。こんなに大雨の中にいたのに、少しも雨に濡れることなく、髪の毛も乾いていた。私は急いで彼を捕まえ、何が起きたのかと聞いた。彼は極めて短い言葉で答えてくれた。文章の冒頭にあったように、「彼は龍陣を立て、「黒魚妖怪」のすべての退路を閉じ、「蜮」を放して、それと戦わせた。最後に、一斉にそれらの命を断ち切り、湖底に沈めた」のである。

私は本当に失望した。彼らは何が起きたのか、しかもとても素晴らしかったことを良く知っているのに、私には教えてくれようとしない。私は怒りと恨みで腹がたってしまい、一人で隅に座り、彼らを相手にしようとしなかった。

平先生はそんな私を見抜いたかのように、私の側に来て座った。私が頭を下げて彼と目を合わせないのを見て、彼はこう話した。好奇心があるのは良いことであるとは限らない、と。凡人はいつも珍しいものをあさることが好きで、いつも目新しいことを見ることを好むが、その背後に隠されている玄妙さはいつも見過ごしているのだと言った。これが正に世の中に迷っている凡人であり、永遠にその迷いから脱出することができない。しかし、修行者は表象からその背後にある玄妙さを見抜くことができ、そのため、無限の知恵を持つ神霊となるのだと言った。

平先生の穏やかな言葉は、私の心を解いてくれた。私は少しうなずいて、自分が間違ったと知った。

私は突然、夜中に湖心の中であった白光を思い出し、それはいったいなにものなのかと聞いた。彼は少し考えてから答えてくれた。彼によると、それは湖底に隠れていた阿修羅であったという。湖底で起きた大戦がやつらを驚かせ、そのせいでそこから逃げ出したのかもしれないというのだ。私は驚き、阿修羅はなぜ地球に留まっていて、しかも湖底に隠れているのかと聞いた。

平先生は、阿修羅にも多くの種類があって、たくさんの異なる次元と世界があると言った。昔からずっと地球には阿修羅が存在していたが、それらは境界が極めて低く、最も低い次元の阿修羅であって、高い次元のものは地球にはこないのだと言った。ただ古代には、たまに地球にくるのもあったようだが、それは極めて珍しいことで、めったになかったのだという。しかし、今日になって陰陽は逆転し、これらのものはその勢いに乗って、大量に人間の空間に入ってきたという。それらは、ずっと人類と連絡があり、人類に邪法などを教えたりもするが、それは秘密で、非公開でやっているというのだ。

また、それらも自分の世界と繋がる道があり、そこから情報とエネルギーを順次得ることができるのだという。その道は直接それらが生存する世界と繋がり、そこと情報とエネルギーの交換を行うことができるという。数年前、阿修羅は人類の空間に近い幾つかの時空を突破し、その時空の中で、道筋が交差する連結点をうち建て、その後に自らの道筋を十分に敷設し、その後に地球に到達したという。その工程が完成すると、それらは大量に人類の空間に涌いて出てきたのである。

(翻訳編集・柳小明)

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