THE EPOCH TIMES

四川大地震発生から半年 悲しみなお続く被災者たち

2008年11月16日 22時56分
 【大紀元日本11月16日】四川大地震の発生から半年が経過した。被災者にとって長く感じるこの半年において、震災で家族を失った人々は悲しみから立ち直ったかどうか、安定な生活を送っているかどうか、おから(手抜き)工事で子供を失った親たちは未だに責任者を追及しているか、また寒さが深まり、四川の人々は暖かい仮設住宅に住めたかどうかなどについて、本紙は四川被災地の人々や、雑誌『文化人』の編集委員会の副主任で、環境保護活動家でもある譚作人さんにインタビューを行った。

 厳しい冬を迎えようとする被災地

 寒さが深まるにつれ、四川被災地の人々の生活はますます注目されるようになった。中国各地で被災者への冬用の衣服や布団を寄付する動きが強まっている。 都江堰の康さんは記者に「最近、私たちはこの地区のコミュニティから布団や衣服の配分をもらいました。服はほかの地域の人々が寄付した古着です」と話してくれた。

 四川省の民政部門によると、冬に備えるために、震災地ではまだ布団80万セットと70万枚の綿入りの上着とズポンが足りないという。北川のある町だけで、12万人がいまだに夏用の救災テントで生活しているという。

 北川の蒋さんは「天気が寒くなってきている。仮設住宅に入れば問題はないけど、しかし私たちの擂鼓鎮では1000人余りの人がまだテントに住んでいるのよ」と言った。

 什邡の康さんは「政府からは一応2万元(約30万円)の補助金をもらっているが、残りの資金は自分たちで借りるよう言われた。このぐらいの資金では家を建て直すには全く足りない。私たちはお金がないし、今まだ仮設住宅に住んでいますが、一家5、6人が一つの部屋に生活しているので、非常に狭い」と話した。

 環境保護活動家の譚作人さんと現地のボランティア活動家が数回にわたり震災地で調査を行った結果、多くの地区では未だに居住及び生産再開の条件と環境が整っていないという。譚氏によると、特に山地地区の村とその生産環境に関しては、地震で山が崩れ、道路と住宅の基盤が壊された、農用などの土地も破壊されたため、人々はそこで住むことができず、農作業などの生産活動もできなくなったにもかかわらず、現地の地方政府は村民たちを強制的に村に戻らせ、自力で復旧作業に取り組めと命令したという。

 譚さんは「このような状況はよく見られています。土地をなくし、水も手に入れることができない山地地区の被災者たちはしょうがなく、山を降りて、山の下のところに移り住んでいるが、しかしそこは彼達の行政管轄所在地区ではないため、そこの地方政府関連者はそれらの被災者を追い出す。このような人々は仮設住宅に入居することができず、夏用のテントの中で生活している。寒さが増す今、山の上では雪が降り始めているから、彼らの生活状況は非常に厳しくなっている」と話した。

 おから工事の遺族、いまだに悲しみの中に

 四川大地震で約7万人の人々が亡くなっている。その中には約1万6千人の学生が震災時におから工事による校舎の倒壊で死亡した。おから工事によって、家屋や校舎の倒壊問題の責任追及及び賠償問題に関して、多くの遺族は今まだ様々な方法で抗議活動を続けており、また事件の真相調査を呼びかけているが、しかし政府当局は抗議活動を行う遺族たちに対して圧力をかけており、さらに密かに監視を行っているという。

 都江堰の新建小学に就学していた子供を失った樊さんは「私たちは政府に鎮圧されている。今どこへ行っても許されなく、私たち遺族は互いに会うこともできない。3人ぐらいの人が集まると、すぐ騒ぎを起こすと言われて、学習クラス(洗脳クラス)に入れられた人もいる。また、メディアからの取材を受けることを一切禁止されているため、取材を受ければ、私たちはすぐ取り押さえられるのだ」と話した。

 10月末、新建小学校に通っていた子どもを失った親たちは合同で葬式を営んだが、しかし当日百人余りの公安警察が現場に押し入り、式を阻止した。合同葬式が行われた日の前日に、遺族の周さんは煽動教唆罪の疑いで公安当局に約10日間にわたって拘置された。また、遺族の抗議活動に協力する同小学校教師の周雲霞さんとその夫も公安当局に連行され、学習クラスに入れられた。

 樊さんは「私たちが子供を埋葬した先月30日当日に、警察がたくさん押し入ってきて、止めさせようとした。私たちには言論の自由がない。本当にしょうがないのだ。今、政府はおから工事があったことすら認めないし、省政府も私たちが出した陳情資料を認めない。私たちが集会し互いに交流することも許されない。人がたくさん集まると、直ちに警察が取り締まりに来るのだ」と話した。

 子供を亡くした楊さんは「私の18歳の息子は一人っ子で、背が高くて、ハンサムな子だったけど、未だに遺体が見つかっていない。息子は亡くなった場所で、他の子と一緒に埋葬されている。本当に逢いに行きたいが、でも怖くて行けない。人は時間が経てば、すべてを忘れられると言うけど、私は一層逢いたくなっている。私たちは今生きていても、何の目的もなく、将来の生活がどうなるのかは全く見当につかない。今朝、眠れなかった私と主人はまた抱き合って泣いていた」と悲しくてたまらない様子だった。

 北川中学に通う子どもを亡くした劉さんは「おから工事に関して、政府から何の返答も説明もない。今政府は、おから工事問題を無視し、追及もしない姿勢を取っている。子供たちへの追悼式などの活動は家でしかできない。公共場所での追悼活動は許されないからだ」と言った。

 おから工事への責任追及について、劉さんは「私たちは非常に不満だ。私たちは何も要らないが、ただ子供たちの命の価値を求めたい」「私たちは本当に何の方法もない。私たちが厳しい状況から抜け出せるように、メディアや報道機関が協力してくれることを望んでいる。私たち親は命がけで、自分たちの権利を守りたい」と話した。

 被災者用仮設住宅建設も手抜き工事か?

 四川省彭州市の被災者によると、200世帯が建設基準に満たさない仮設住宅に住んでおり、湿気の強い時期あるいは雨が降るときに、部屋の中に水蒸気が充満してくるため、これで体の不調を訴える人はそこを離れ、テント生活を強いられているという。

 また、彭州市では水不足問題も深刻化している。大地震発生後から、水道が止まったままで、現地政府当局建築業者に井戸を掘るようと委託したが、掘った井戸から水を取ることができなかったという。被災者の間では、その地方の政府当局の党支部書記が建築業者から賄賂を受け取ったため、なぜ井戸から水を取れなかったことを追及しなかったとのうわさが広まっている。

 彭州市のいくつかの被災地を視察したことのある呂さんは「多くの政府官員たちはいかに自分たちの利益を貪るかに集中しているため、被災者たちの生活を全く考えていない。以前、政府が資金を集めて統一に建設を進めると公表したが、しかし今は被災者たちに任せきりで、政府の言ったことは全部うそです。ほとんどの被災者は家を建て直す力を持っていない。一部の地区で見かける横断幕に「自分の力で、自分の汗を流して、自分の家を自分で建て直そう」と書いてあった。これを見れば、政府の救災への努力と投入は全く足りないものだとわかる。被災地の実際の状況は国内のテレビなどで報道されているのと違う。今現在、毎日百人ぐらいの被災者が地元の政府機関へ問題解決の陳情に行っている」と話した。

 彭州市の政府当局は、被災者が身を寄せる仮設住宅区内にトイレと浴室を完備する施設を二つ建てた。しかしそのうちの1つは被災者たちが使うことを許されず、通常閉鎖されており、しかし中央政府の官員が視察に来る時に開放されるが、利用できる人は中央政府の官員に限定されるという。もう一方、被災者しか利用できないトイレと浴室は、水不足の原因で水を流すことができなく、常に悪臭が漂っており、とても使用できる環境ではない。

 おから工事の遺族、「事件真相を最後まで追及していく」

 おから工事問題の対応及び解決について、譚作人さんは「政府は無視する態度を取っている。政府機関に何人かあるいは何十人で陳情に行くと、あの官員たちはまず警察を派遣して取り締まるのだ。あの親たちは子どもを失っていて、すでに被害者となっているが、しかし陳情に行っても相手にしてくれる政府部門がない。この国には、被害者を保護し、加害者を罰する司法手順と法的システムがないのだ」と述べた。

 「おから工事問題が解決しない限り、遺族は眠れない日が続くだろう。遺族は陳情し続けると思う。政府は遺族に天災だからなどと説明しているが、しかしこれで遺族をだますことはできない。いくら教育を受けなくても、地震で多くの校舎が崩れたが、なぜ他の建物が何もなかったのようにまだ立っているか。あるいは、死亡者のうち、なぜ中小学生の死亡人数が一番多いのかが分かっている。あれらのいわゆる専門家は本当に平気でうそを言っている」と譚さんが話した。

 北川の蒋さんは「おから工事のことがまだ解決しないのが非常に悲しいと思う。私たちはこれからも追及していく。政府も亡くなった子どもたちに対して責任を負うべきだ。それに、政府は私たちに対応してくれなかった。私たち遺族が手渡されたお金も、人々からの寄付金で、政府からのものではない。救災物資もあまりもらっていない。私は少しのお米とインスタントラーメンしかもらわなかった。私の住む擂鼓鎮では畑が無くなったため、みんな仕事や農作業をすることもなく、毎日遊んでばかりだ」と言った。

 譚さんは「多くの被災者は将来に関してどうすればいいのか見当がつかない。生活していく、あるいは生きていくための術をなくした者たちは、政府に希望を託しているので、ほとんどの人は政府の酷い対応に耐えている。しかし、おから工事で子どもを失った親たちは今まさに絶望と怒りの中に生きている。中には子供だけではなく、他の親族も亡くした者もいる」と話した。

 
(記者・古清児、翻訳・張 哲)


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