中国の医療制度について
【大紀元日本3月8日】革命以来、中国では国営企業が重点的に育成され建国初期の経済発展に寄与したことは未だに記憶に新しい。当時のインフラが全くないか未整備の段階で、それらの国営企業群が、従業員並びにその家族の傘や拠り所となり、その結果、単位と称される事業体が学校のみならず病院に至るまで備え、ある種の自己完結型の小宇宙を形成したと聞いている。現に革命後、僅か2年後には国有企業労働者への医療給付が開始し制度化され、以来、徐々にではあるが社会保障制度もそれなりに整備されていったとも聞いているが、その間、大多数を占める農民については人民公社が喧伝され、僻地では裸足の医者と言われる人達が出来る範囲での涙ぐましい医療活動を行ったことも日本にまで伝えられたものである。
簡単な外科手術まで行ったと言われる伝説の名医華陀の昔から、中国には針灸や薬草も含め東洋医学の粋があったことも事実であり、民間療法もそれなりに効果がある場合もあろうが、なにしろ大変な人口である。先進西洋医学の恩恵を13億の民に平等に与えるのは至難の技であることは自明であるが、ようやく全土で餓死の危険もなくなり衣食も賄える段階に至った時期に至って、困ったことに積年の計画経済の欠陥が露呈してしまい、朱前首相が強引とも言える手法で、八面六臂の活躍をされ、何とか今日の段階まで辿り着いたのは、他に良策もないまま止むに止まれぬ非常手段であったのだろう。その結果80年代から医療制度にも次第に独立採算制が導入される事となり、元々不十分な社会福祉制度そのものが多大な影響を受けたものと思われる。仄聞するところでは、このところ患者に対し法外な医療費を請求する医療施設が後を絶たぬ由であるが、朱前首相による改革の成果の陰で社会的弱者である人口の大多数を占める農民をはじめ1億を超えると言われる民工や都会の中下層労働者への医療は、その後どうなっていったのだろうか。
人間の寿命との関係もあるが、何れの先進国においても社会福祉や医療問題は為政者にとって真に頭の痛い問題である。 社会福祉が進むほどに税金の問題も大きくなる。 まして、国民の高齢化が進めば進むほど深刻な課題となる。当然、本邦に於いてすら焦眉の急務であること論を待たない。まして中国の場合、医療保険が比較的整備されているとされる都市部ですら精々加入者は半分程度、農村に至っては1割にも満たぬというのが真相であろう。現に「看病難」とか「看病貴」という、つまり「高すぎて医者に行けぬ」とか「医者代が高過ぎる」という中国庶民の悲鳴が伝わって来る。残念ながら、あの自他共に許す超大国の米国ですら医療保険の恩恵を受けられぬ人の数は30百万とも40百万とも言われる位だ。国務院とて万能ではないし、完璧を求めるのは酷とは思うが、果たして国務院が国民の医療問題に本当に全力を尽くしてきたのか否かは大きな問題であろう。