月も曇る絶世の美女 貂蝉

【大紀元日本11月18日】貂蝉(ちょうせん)は、西施、王昭君、楊貴妃と並んで中国四大美人に数えられるが、唯一正史に記載されておらず、彼女に関する伝説は、すべて羅貫中の『三国演義』が源となっている。

『三国演義』によれば、貂蝉は、主に政治や外交を司る司徒・王允(おういん)の養女で、絶世の美女であった。時は漢朝末期、董卓が政治を乱したことから、王允は昼夜朝政を案じていた。それを知った貂蝉は、月の下で香を焚いて父の心配事が解けるようひたすら祈っていた。貂蝉が董卓と呂布との間に愛憎を引き起こす物語は、これを発端に生まれたのである。

董卓は隴西臨洮の出身で、傲慢で怒りっぽい性格であった。正史『三国志』の中では、彼は「侠客」として描かれており、地方の武官と付き合うのを好んだ。その後手柄を立てたことから弁州の長官に封ぜられ、次第に勢力を強めて一地方を自分の縄張りとしたとされる。

▶ 続きを読む
関連記事
スージー・ワイルズ米首席補佐官は乳がんを患っていた時期を振り返った。がんと懸命に闘う一方、負担の大きい首席補佐官の職務を担い続け、トランプ政権2期目の中でチームを率いながら最終的に回復したワイルズ補佐官の気づきとは
外反母趾は見た目だけの問題ではなく、足全体の使い方にも関わります。早い段階なら、足指やアーチを整える運動が、痛みや負担を和らげる助けになるかもしれません。
恐怖は心だけでなく、体にも影響を残すことがあります。頻尿、不眠、動悸と腎の関係を中医学の視点で解説します
「もう年だから」「今さら遅い」。そう思っていませんか?向上心は年齢に関係なく、誰もが持てるものです。日常の中で実践できる7つの方法で、もう一度「なりたい自分」を目指しましょう
一枚の桑の葉が蚕の体内で絹糸へと変わり、礼制や衣冠文化を支え、五千年の中華文明を紡ぎ出していく。小さな生命の神秘と悠久の歴史の源流、そして万物に宿る秩序と思索を描いた文明論エッセイ