四川大地震から1年、依然報道規制=連行された英紙記者明かす

【大紀元日本5月10日】四川大地震から一年。現地に入り、震災地の現状を取材をする外国メディアの記者が公安当局に暴行・強制連行される事件が多発した。そのうちの一人、英紙「インデペンデント」の記者は自らの体験を報道にて明らかにした。

同紙の記者クリフォード・クーナン(Clifford Coonan)氏は5月初めに、被災地を訪れ、欠陥建築の校舎に下敷きされ亡くなった子どもたち、その責任追及の声が封じられ怒り心頭の親たちを取材しようとしたが、中国の公安当局に逮捕された。同記者は5月7日の報道で、その経緯を明らかにした。

四川大地震の発生地・聚源地区で、警察は私に「個人的な訪問・談話を禁止する」「いまは、敏感な時期なのだ」と告げた。これは私が一人の記者として職務を果しているときに、警察に勾留された原因である。

これらの警察からも、すべてのメディアの中国の「敏感な地域」に関する報道は国内で完全に封鎖されていることや、わが子を亡くして怒り心頭の親たちの声も封じ込められていることを、再確認できた。その理由は、校舎の欠陥建築問題について公に怒りを表すことは、「政治的な安定」に影響するからだという。

その日、私は車に乗って、最も被災状況が深刻だった都江堰地区に向かっていた。その途中で経由する聚源地区に寄った。昨年の震災時に訪れた聚源中学校を再度訪問しようとしたからである。

約300人の子どもがここで亡くなった。しかし、学校周辺の建物はまったく倒壊しなかった。この風景に、悲しみに暮れた親たちは激憤した。1年前に、親たちが全壊した校舎の瓦礫からわが子を掘り出す悲惨な現場を、私は目の当たりにした。その後、親たちは当局に対し、校舎の欠陥建築問題の究明を求め続けたが、嫌がらせを受けたり、逮捕されたりしているという。

前日、大量の警察が現れて、あたりは緊張していた。中学校はすでに封鎖されている。私は県道に沿って車を走らせ、親たちを探そうとしていた。そのときに、電話がかかってきた。警察が私を尾行し、しかも私の車ナンバーを知っていることを知らせてくれた。危険を冒すのを避け、親たちにも面倒をかけたくないため、私は取材を諦め、引き返した。

車が大通りに入ると、2人ずつの私服警官が乗っている3台の白バイに出会い、車を道脇に止めるよう命じられた。現場には2台のパトカーと別の白バイもいた。警官が私の車の助手席に乗り込み、現地政府の役所に直行するよう運転手に命じた。

その前日に、英紙フィナンシャル・タイムズの記者ジャミ・アンドリーニ氏は、現地政府の幹部と用心棒に集団暴行されていた。彼の撮影機材が壊された。そのほかのメディア記者も妨害を受けていた。

連行された部屋には約8人の幹部がいた。皆黒い制服を着ている。明らかに地元の公安警察ではなく、中国のその他の地区から派遣された特別警察である。彼らは私たち一行にお茶を出して礼を持って接し、私たちがだれと接触したのか知りたがっていた。この詳しい内容はここでは明かさないことにする。私は、なぜ聚源中学校を訪問してはならないのかを質問した。

そのときに、私は告げられた。すなわち、「個人的な訪問・談話」は禁止されている。しかも、学校はすでに閉鎖された。私たちは現地から離れるよう命じられた。

私に電話してきて、警察の尾行を知らせたのは、ある父親だった。聚源中学校で17歳の息子が亡くなった。私は彼の身元を守秘しなくてはならない。彼によると、昨年のこの地震は、わが子を亡くした大勢の親にとって、非常に現実的でしかもますます強いショックを受けている。なぜ子どもが死んだのかとの答えをいまだに得ていないからである。

この父親は私にこう告げた。「過去1年間、私は7回も強制連行された。警察はなんの説明もなく、私を随意に逮捕した。3週間も勾留されたときがあった。地方裁判所に問題の解決を持ち込んだが、まったく相手もしてくれなかった。わが子はなぜ死んだのか、どうやって死んだのかについて、私が完全な調査を求めているだけなのだ。政府は私たちに発言させるべきだ」。

「あれから、私は職を失った。妻と二人で震災被害者への補助金で生活をしている。全く足りない。家族の中、私だけが陳情し続けている。息子を17年間も育てたのだ。息子と一緒に生活したときのことを忘れることができない。私はすごく息子に会いたい」とその父親はそのとき泣き出した。

(記者・田清、翻訳編集・叶子)
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