1分で読める故事成語(大紀元)

「食指」を動かす中国【1分で読める故事成語】

【大紀元日本10月30日】

「チャイナマネーが食指、中国のデベロッパー幹部が日本を視察」

「トヨタ・GMの合弁会社に食指を動かす中国企業の不気味」

「中国、日本のアニメ技術者に食指」

近年、中国そして中国企業の「食指」がかなり活発な動きを見せている。他国ももちろん、しばしば食指を動かすのだが、このところ中国の動きがやたらと目立つ。バブルがまもなくはじけそうだとはいえ、少なくとも今はまだ中国経済が好調な証であろうか。

「食指が動く」は次の故事に由来する。

楚の人が、鄭の王・霊公に大きなすっぽんを献上した。大臣の子宋と子家が、呼ばれて参内しようとする途中で、子宋の食指(人差し指)がピクリと動いた。そこで、子宋は子家に、「これまでこういうことがあると、必ず珍味にありつけたものだ」と言った。二人が参内してみると、果たして、料理人がすっぽんをさばいているところだった。(『春秋左氏伝』宣公四年より)

この故事から、「食指が動く」は、おいしそうなものを見て食べたくなることを言うようになったが、転じて、ある物事に欲や興味が生じることをも指すようになった。

ところで、食指は本来、何かに触発されて自然に「動く」ものであったが、日本語ではしばしば意図して「動かす」ことが多く、その場合、「野心がある」ことを意味する。冒頭の3例がそうである。

さて、この故事には続きがある。

大臣たちにすっぽん料理をふるまう段になって、霊公はわざと子宋にだけ食べさせなかった。そこで、子宋は腹を立ててすっぽん料理の鍋に指をつっこみ、なめながら退室した。その無礼な態度に怒った霊公は、子宋を殺してやるといきまいた。後にその話を聞いた子宋はあれこれと策略を巡らし子家を仲間に入れて、自分が殺される前に先に霊公を殺してしまった。

文字面だけを見ると、「食べ物の恨みは…」を地でいくような、なんともばかげた話であるが、内実はもっと複雑な経緯がからんで殺害に及んだようである。

(瀬戸)

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