四川大地震被災者遺族 未払いの保険金に抗議

【大紀元日本12月24日】2008年に起きた四川大地震で、数千人の小中学生が命を落とした。3年後、被災者家族らは、学校で加入していた保険の保険金支払いを求め続けてきたが、いっこうに手続きが済んでいない。19日、500人余りの被災者遺族が同省徳陽市政府に対して陳情したが、約600人の武装警察に追い払われ、その多くが警察の暴行を受けたという。

ラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、陳情に参加した遺族らは、保険金の支払いが今も棚上げされている状態にあることを知り、当局に抗議の意を示すため、一部が道路を遮った。しかし、すぐに警察に追い払われ、暴力で追い返されたという。腕や腰にケガを負った遺族もいた。

遺族の代表・桑軍さんは「今回は政府に対して、学校の加入する保険金の支払いの件で陳情したが、取り合ってくれないばかりか、大勢の警察に殴打された」とRFAに話した。桑さんによると午後1時頃に集まった武装警察は500~600人に上るという。

陳情に参加した遺族の劉艶さんの話によると、子供たちは地震発生以前から、校内で怪我など不慮の事故が起きた際、学校側が家族に対して最高5万元を給付するという保険に加入していると。毎年保険料を支払っているが、地震発生後に学校側は保険金の支払いを拒否した。保険に関連する協議書が地震で紛失したからだ、と学校側は説明する。

同年7月22日の中国民政部の報告によると、四川大地震で約7万人が死亡した。その1割以上の犠牲者は校舎の倒壊により犠牲になった教師と生徒だった。また、同年11月21日、四川省副省長は、生徒の死亡者数を1万9065人と発表している。一方、地震で浮き彫りになった手抜き工事の調査を求める者の多くが軟禁や暴行など何らかの形で弾圧されており、「国家政権転覆煽動」の罪で刑務所に入れられた人もいる。

 (翻訳編集・余靜)
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