6カ月に七十余りの城を攻め落とし、諸葛孔明でも憧れた名将は誰?(二)
連合軍が速やかに斉を攻め落とし、燕軍を斉の各地に配置し、国民を安心させることによって民心を得られ、斉を征服できると楽毅は考えていた。しかし斉の将軍・田単は反間の計を用い、「楽毅は6ヶ月で七十余りの城を落とせたが、なぜ3年かけても即墨と莒を落とせないのか? その理由は楽毅が自ら斉王になろうと企んでいるからだ」と、流言を流した。それを聞いた昭王は「楽毅の功績は天地を覆っている。王に封じても構わない」と言い、使者を送って楽毅を斉王に封じようとした。楽毅は昭王の絶大な信頼と厚意に感激しながら、王の冊封を死んでも受けられならいと言い、昭王との約束を守り、「昌国君」の冊封だけを受け入れたのだった。
その最中に昭王が崩御し、死後に太子の恵王が即位した。斉の将軍・田単は、恵王の疑り深い性格と、太子時代に楽毅と不仲だった時期があったことを知っており、再び反間の計を用いた。恵王は流言を信じ、直ちに楽毅を解任して帰還させ、騎劫を将軍として送り、楽毅の代わりに兵符を引き継がせた。一方、田単は即墨で反攻に転じ、騎劫の率いる燕軍を撃破し、奪われていた七十余りの城を全て奪還し、楽毅の苦労は泡のように消えてしまった。
関連記事
「書く」だけで医者にかかる回数が減った。研究が示す、ジャーナリングの驚くべき効果。感情に名前をつける、距離を置く、物語にするなど、脳科学に基づく4つの実践法を今夜から試してみましょう
深夜の地下鉄で起きたささやかな善行を手がかりに、日本の「恥の文化」と心の中の「浄土」を読み解く思索録。「お天道様が見ている」という天への畏敬や儒教の教えを通じ、現代人が見失いつつある道徳の根源を問いかける
100万年未満の若い系外惑星「Elias 2-24 b」を確認。惑星形成の初期段階を観測する貴重な手がかりです
耳垢は汚れではなく、耳を守る大切な仕組みです。掃除しすぎの注意点と、受診すべき耳のサインを解説します
空に浮かぶ雲の移ろいや詩歌・禅の教えを通じて、天地の大きな秩序と生命のあり方を説く一文。俗世の執着や悩みを離れ、ふと空を見上げて自らの歩みを見つめ直したくなる思索的なエッセイ