大紀元時報

【紀元曙光】2020年8月2日

2020年08月02日 02時08分

(前稿より続く)以来16年。李登輝さんは、大紀元にとっても「恩人」となった。
▼当時、中国大陸では、法輪功学習者が片端から不当逮捕され、行方不明のまま虐殺、あるいは臓器移植の「部品」にされていた。この中共による残虐すぎる真実を伝える一般メディアは皆無であったため、誰も信じようとせず、見向きもされず、ただ大紀元だけが孤軍奮闘していたのである。
▼「李登輝(元)総統も推奨」というような腰帯をつけて、日本語版『九評共産党』も世に出た。海のように広い心と、深い思索をもった大人(たいじん)である。言うまでもないが、日本の政治家や国民のなかにも、李登輝氏を師と仰いで止まない人は多い。
▼総統の公邸を訪問した司馬遼太郎さんとの対談のなかで、あの有名な一句がでる。「シバさん、私は二十二歳まで日本人だったのですよ」。李登輝さんは「透きとおった笑顔とともに」そう言った。それを受けて、「李登輝さんは日本人の理想像にちかい人かとも思えてくる」と「シバさん」は書いている。
▼この稿に「江沢民」の名を書くのは、白絹に墨汁を落とすようで誠に不本意だが、読者諸氏にもご辛抱いただきたい。この有害無益の元国家主席は1926年、江蘇省揚州に生まれた。李登輝さんの3年後輩に当たるが、同年代とみてよい。
▼日本の傀儡である汪兆銘政権下の南京で学生時代を過ごす。父親はその官吏であった。そうした出自を全て隠蔽し、「革命家の叔父の養子」になりすまして、中共のなかを姑息に生き続ける。台湾と大陸中国の元首が、青空の白日と、土中のミミズほどかけ離れて見えた。(2回了)

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