大紀元時報

利己心を去り、福徳を積む

2021年02月26日 22時16分
蓮の花 (Photo credit should read NICOLAS ASFOURI/AFP via Getty Images)
蓮の花 (Photo credit should read NICOLAS ASFOURI/AFP via Getty Images)

これは清代の学者、紀昀(キ・イン、紀暁嵐)が『閲微草堂筆記』に書いた物語です。
北の村に鄭蘇仙という人がいました。鄭はある日、夢の中で冥界に行ったところ、閻魔王が冥府に捕らえられてきた人々を吟味し選別している場面に遭遇しました。するとその時、隣の村の老婦人が冥府の本殿に来ました。閻魔王はたちまち満面の笑顔となり、拱手の礼をしながら迎えに行ったばかりか、良いお茶で老婦人をもてなしたのです。さらに閻魔王は、冥府の役人にすぐさま老婦人を裕福な家に転生させるよう命じました。
この光景をさっぱり理解できない鄭蘇仙は、こっそりと冥府の役人に尋ねました。「あの人はただの農婦なのに、なぜあれほど閻魔王の尊敬を得られて、良い家に転生することができるのですか。一体どのような功徳を積んだのでしょう」。
聞かれた役人は、鄭にこう答えました。「あのご婦人は、生涯にわたって利己心を持たなかったからだ。利己心をもっていれば、たとえどんな賢士や大夫であっても、その報いから免れることはない。利己的な心は、必ず他人の利益を損なう。そこからすべての憎しみが生まれ、どこまでも、いつまでも止まず、罪業を積んでしまうのだ。それは全て私利私欲がもたらす災難である。あのご婦人は生涯、自分の私心を抑えることができた。だから、どんな偉い学者も彼女に頭を下げるのだよ。閻魔王さまが、彼女に対してあれほど厚遇するのも、不思議なことではないのだ」。
それを聞いた鄭蘇仙は、びっくりしながらも、大いに得心しました。
しばらくすると、一人の官服を着た人物が意気揚々と本殿に入って来ました。「私は生涯、役人としての務めを果たしました。どこに行っても民の一杯の水しか飲まず、神様の前に恥じるようなことをした覚えはありません」と豪語します。
閻魔王は、ニヤリと笑みを浮かべ、その人物に聞きました。「役人の務めは、国を治め、民を幸せにするために設けられたものである。宿場の管理人や門番のような下級官吏でも、理と法に従って利害を考慮しなければならぬはず。そなたは庶民の金を欲しないというだけで、自分を良い役人だと言う。ならば、役所に人形でも立てておくがよい。その人形は水すら飲まないから、そなたよりよっぽど良い役人ではないか」。
すると、その官服の人物は「いえいえ、私は民に尽くしてはおりませんが、罪を犯したこともございません」と重ねて弁解するのです。
すると閻魔王は、こう言いました。「そなたが生涯にわたって求めていたのは、自分の保身だけだったではないか。とある事件では、自分への疑いを避けるため、そなたは何もしゃべらなかった。これは民に対する無責任ではないか。またある事件の際、そなたは面倒なことをしたくないため朝廷に報告しなかった。これは国に対する背任ではないか。役人には三年に一度の業績調査がある。何の貢献もないことは、すなわち罪なのだ!」
これを聞いた官服の人物は、驚き恐縮するばかりで、はじめの傲慢な態度もなくなりました。
閻魔王は少し表情を和らげると、先ほどとは別の笑顔になってこう言いました。「このように説諭したのも、そなたが先般あまりにも威張りすぎたからである。普通に申告すれば、三四等の良い役人をしてきたものは、生まれ変わっても冠と帯を失うことはない」。閻魔王は、この役人の転生を手配するよう、差役に命じました。
この二人の話のように、人の心の中の些細な考え方でさえ、神様は全てお見通しなのです。おおむね良い人でも、あるとき利己的な一念が生じたら、責められることを免れません。したがって、日頃から他人のことをよく考えて行動し、利己的な行動を慎むようにすれば、神様から尊ばれるだけでなく、来世のために福徳を積むことができるのです。
(翻訳・清瑩)

(看中国より転載)

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