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チンギス・カンーー怒りを抑えれば、強敵に勝るも同然(下)【千古英雄伝】

寛大な心、公正な態度ーー太陽のごとく、大海原のごとく

チンギス・カンには3人の実の弟がいます。中でも最も幼い弟はテムゲ・オッチギンで、チンギス・カンとホエルンに非常に可愛がられていました。

チンギス・カンが仕事で忙しい時、オッチギンは馬の餌やりなどを手伝います。チンギス・カンが休んでいる時、オッチギンは庭の掃除をします。彼らはよく一緒に狩猟に出かけるなど、行動をともにしていました。

寛大な心を持ち、智略や戦闘に長けたチンギス・カンを、オッチギンは非常に尊敬しています。モンゴル帝国が築き上げられた後、チンギス・カンは弟たちや功臣たちに領地を分封しました。

ある日、宴会の後、チンギス・カンに別れを告げる時、オッチギンは感極まって、「私は兄上の後を追いかけ、兄上の手中の矢となり、兄上が指さす先へと迷いなく飛んでいきます!」と言いました。弟の言葉に感動したチンギス・カンは、その場で帽子を取り、テングリに感謝の意を述べ、祈りを捧げました。

オッチギンは、チンギス・カンの国家管理の智慧について、帝国内の賢者に尋ねたことがあります。

賢者は、「あの方は太陽のように万物を照らし、大海原のようにすべてを受け入れています」と答えました。これを聞いたオッチギンは三日三晩その意味を考えましたが、結局、理解できませんでした。

その後、賢者はこのように答えました。「カンは太陽のような存在です。つまり、太陽が昇るとき、地上の万事万物を照らし、良し悪しや、命あるか否かにかかわらず、公平にすべてのものに光を与えています。ですので、カンも公正な心を抱き、すべての民を平等に見て、一様に仁愛をほどこしてこそ、民に愛され、尊敬されるのです」。

では、大海原のようになるとはどういう意味でしょうか。それは、どんな時でも、きれいな水でも、汚れた水でも、皆海へと流れていき、大海原を汚染してしまいます。しかし、大海原は清水や汚水を区別せず、嫌がらず、寛大にすべてを受け入れ、浄化していきます。カンになることも同じ理です。「カンになるには、大海原のような寛大な心を持たなければなりません」。異なる考えや意見に耳を傾け、その中からより素晴らしい提案を採用します。このように太陽のような、大海原のような人こそ、偉大な帝国を築き上げ、繫栄させることができるのです。

(完)

(翻訳編集 天野秀)

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