【和のこころ】「七五三」幼年の儀式 一生の教養(1)

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日本は伝統を重んじ、礼儀を尊ぶ国です。「成人式」「結婚式」「葬式」「祖先の祭祀」という人生の四大行事を「冠婚葬祭」と呼んでいます。 「冠婚葬祭」は、ほとんどの日本人が一生のうちに経験する儀式であり、守らなければならない礼儀でもあります。また 、日本には「七五三」など、伝統行事や儀式がたくさんあります。

「七五三」の起源

日本の伝統行事には、男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳に神社にお詣りして、神様に健やかな成長を感謝し、幸福と長寿を祈願する儀式があります。「七五三」は日本人の人生における最初の行事であり、子供の成長期における一番重要な行事で、 3歳、5歳、7歳のときに行われる行事であるため「七五三」と呼ばれています。

「七五三」の正式な日は11月15日でしたが、現在はその日にこだわらず、11月に入ると、多くの親御さんが着物姿のお子さんを連れて神社にお詣りに行きます。「七五三」は、旧暦の11月15日でしたが、明治改暦以降は新暦の11月15日に行われるようになリました。

日本では11月に入ると、多くの親御さんが着物姿のお子さんを連れて神社にお詣りに行き、そこで「七五三」の儀式が行われます。(Shutterstock)

旧暦の15日はかつては二十八宿の鬼宿日(鬼が出歩かない日)に当たり、何事をするにも吉であるとされました。また、旧暦の11月は収穫を終えてその実りを神に感謝する月であり、その月の満月の日である15日に、氏神様への収穫の感謝を兼ねて子供の成長を感謝し、加護を祈るようになりました。

この伝統行事の起源については諸説ありますが、一般的には平安時代から始まったと考えられています。 当時、王宮や公家などの貴族階層の間でしか行われていなかったのですが、時代の変化とともに、次第に武士階級の階層にも広がっていきました。 江戸時代以降、庶民の地位の向上に伴い、あらゆる社会階層に広がっていきました。大正時代になると、文化の普及とともに、日本全国のすべての階層に浸透し、次第に日本国民共通の文化風習になりました。

「七五三」の三つの儀式

「七五三」の伝統行事には、「髪置(かみおき)の儀」「袴着(はかまぎ)の儀」「帯解(おびとき)の儀」という三つの重要な儀礼があります。

*髪置

江戸時代は、3歳までは男の子も女の子も髪を剃る風習がありました。それを終えて、男の子は髪の毛を結うために、女の子は髪をきれいに伸ばすために3歳の誕生日に行われる儀式が「髪置」です。

儀式は、子供の頭に綿の白髪を乗せ、頭頂部に白い粉をまぶして、櫛で左右に梳くというもので、白髪の年まで健康で長生きすることを意味しているそうです。

*袴着

数え年5歳(満年齢で4歳になる年)には、大人への第一歩として男児が、はじめて袴を着用し始める「袴着」の儀式を行います。11月15日に子供に袴を着せて、碁盤の上に立たせ、縁起の良い方角を向かせます。これは、天下団結、万事順調を意味しています。

*帯解

数え年7歳(満年齢で6歳になる年)には、それまで紐付きの着物を着ていた女児が、はじめて大人の装いである丸帯をつける「帯解」という儀式を行います。いわゆる「帯解」とは、以前の服装の紐を解いて、大人と同じように幅の広い帯を締めて、正式な着物を着ることです。祖母の実家で作られた着物を女の子に着せ、子供には自分で帯を結ばせるのが伝統的な風習です。この儀式を通じて、女児は自立して行動できる人間に成長したことを社会から認められ、大人の女性の第一歩を踏み出すのです。

七五三の正式な服装は、男の子は上に家紋が描かれた着物、下はズボンです。3歳の女の子は袋帯なしの着物であり、7歳の女の子は大人と同じ着物を着て袋帯も締めます。

前述の通り、七五三の儀式は、男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の時に行われています。昔は数え年で儀式を行うのが普通でしたが、現在は満年齢が一般的になりました。七五三の式典では、通常、祖父母と母方の祖父母が招待され、宴会を開いて家族全員でお祝いします。

(つづく)

脩實