中国から褒められる政治家にはご注意 太公望が残した兵法書『六韜』に記された謀略
周王朝の軍師・太公望(呂尚:姜子牙)が著したと伝えられる『六韜(りくとう)』は国家運営、組織統治、情報操作、人心掌握に至るまで、現代の政治・経済に通じる包括的な戦略原理を表している。
『六韜』の「戦わずして勝つ」思想は、孫子の『孫子』とも共通する部分があるが、敵の内部崩壊をより詳細に分析している。特に「龍韜」「豹韜」「犬韜」では、心理戦、経済戦、情報戦を駆使し、敵を内部から瓦解させる戦略が体系的にまとめられている点で注目に値する。
太公望は紀元前11世紀、殷末周初(いんばつしゅうしょ-中国の殷王朝が滅び、周王朝が興った時代)の激動期に登場し、当時没落しつつあった周の文王・武王に仕えて政略・軍略を担い、殷王朝を滅ぼして周の建国を導いたとされている。単なる軍師にとどまらず、彼は戦略思想の創始者として、後世の兵法・統治論に多大な影響を与えた存在だ。
関連記事
松竹梅は、単なる縁起物ではありません。「歳寒三友」と呼ばれ、厳しい寒さの中でも姿を崩さない在り方の象徴とされてきました。松は変わらぬ節、竹は謙虚と節操、梅は寒中に先んじて咲く清らかさ。その組み合わせには、冬にこそ見える価値観が込められています。
古代中国の周代で行われた冠礼は、成人を年齢ではなく徳と責任の成熟で認める儀礼だった。日本の元服にも継承された「成人という身分」の原点を探る。
いま、「成人」という言葉は、主に「年齢」を表すものとして使われています。「何歳からが大人か」という数字の話はよ […]
イエスは弟子の一人ペトロに対し「鶏が鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言うだろう」と言った。ペトロは、後に初代ローマ教皇となり、イエスの十二使徒の中でも指導的な立場にあった存在だったという。ペトロは、イエスのその言葉に対して「あなたと一緒なら、牢に入ることも、死ぬこともいとわない」と答え
胃が重い、おせちに少し疲れた――そんな頃に迎える一月七日。七草がゆは、実は「人という存在そのもの」を祝う日から生まれた習わしでした。