10年前に離婚したブラッドさんは、それ以来、自宅が音楽機材、DVD、本、非常食、書類などで溢れかえるようになりました。物が増えるにつれて体重も増加し、心身ともに圧倒される悪循環に陥っていきました。最近の仕事の昇進と、「片付けと体重の悩み」に関するポッドキャストに刺激を受けた彼は、健康を取り戻すための新しいスタートとアプローチのチャンスだと感じました。
誰でも少しは家に物が溜まっているものですが、「ためこみ症(物を捨てられない強迫的な傾向)」と診断された人は、その量がはるかに多く、また肥満のリスクも非常に高い傾向があります。2021年の系統的レビュー(複数の研究を統合した分析)によると、ためこみ症の人は、そうでない人に比べて肥満のリスクがほぼ2倍でした。
ためこみと肥満が関係している理由はさまざまありますが、根本的には「感情の扱い方」に関係しています。
散らかりとストレスの悪循環
誰しも困難やストレスを経験しますが、その対処法は人それぞれです。中には、感情の調整がうまくできず(感情調整不全)、ストレスに過剰に反応してしまい、日常生活や人間関係に支障をきたす人もいます。
感情調整不全とは、自分の感情的な反応をうまくコントロールできない状態のことです。つまり、感情に圧倒されてしまったり、それを抑えられなかったりして、気分の浮き沈みや極端な反応に悩まされるのです。
そのような反応に対処するため、人はさまざまな手段をとります。友人に相談したり、外を長く散歩したりといった健全な方法もありますが、健康的でない方法を取ることもあります。ためこみや過食(感情的な食べ過ぎ)はその一例です。
ためこむ行為は、一時的には安心感を与えるかもしれませんが、最終的にはさらなるストレスと問題を生じさせます。たとえば、空いたサワークリームの容器を取っておくことへの一瞬の安心感が、やがて物理的な散らかりとなり、精神的苦痛につながっていくのです。
一部の研究では、感情の調整が苦手な人ほど、感情的な支えを物に求める傾向があり、そのため手放すのが難しくなることが分かっています。
2024年の研究では、ためこみ行動は怒り、悲しみ、不安などの否定的感情の強い調整不全と関係していることが示されました。過去に捨てた物への後悔や、ためこみに関する考えが頭から離れず、それがさらに物を保存する行動につながるのです。
また、ためこみは孤独感や社会的孤立を悪化させます。多くのためこみ傾向のある人は自宅の状態を恥じており、家族や友人に見られたくないと思っています。こうした理由から、ためこみは「社会的支援の減少」とも関係していると考えられています。
散らかり、ストレス、体重の悩み
感情のコントロールの問題は、ためこみと衝動買いや過食にも関わっています。
2023年の研究では、ためこみ傾向のある人は衝動的な行動をとりやすく、食事や自分の体に対する不安が強いことが示されました。さらに、台所が散らかっていて料理ができないという問題もありました。
同じ研究では、整頓された部屋にいたためこみ傾向のグループの方がクッキーを多く食べ、逆に散らかった部屋にいた対照グループの方が多く食べるという結果も出ています。
2015年の研究では、ためこみと肥満の関係には、意思決定能力や感情・衝動のコントロールの困難さが影響していると指摘されました。物を手放せないことは、食事や運動など他の生活分野でも「自己管理」や「整理整頓」がうまくできないという広範な問題を反映している可能性があります。
研究では、ためこみ症状の高い97人を対象に、ためこみの重症度、肥満度(BMI)、過食症状との関連が調査されました。その結果、ためこみの重症度が高いほど、BMIや過食傾向が強いことが分かりました。
さらに、感情の調整の問題が、ためこみと食への不安の間の関係を媒介していることも示されました。
片付けがダイエットを助ける理由
片付けの専門家であり、『From Clutter to Clarity(片付けから明快さへ)』の著者であるケリー・リチャードソン氏は、散らかりが実はもっと深い問題を反映していることが多く、その問題が人々を物や体重にしがみつかせる原因になっていると指摘しています。リチャードソン氏は、散らかりにつながる思考のクセ(マインドセット)には主に三つの要因があると述べています。それは、明確な境界線がないこと、過去の物語にしがみついていること、そして非現実的な期待を抱いていることです。
明確な境界線がない
物理的な散らかりは、人間関係の中で自分が必要とする「境界線」を象徴していることがあります。もしあなたが他人のニーズを自分より優先しがちなタイプなら、常にエネルギーを使い果たし、自分の空間を整えるどころではないかもしれません。
散らかった空間は、自分を大切にできていないことのサインであり、「そろそろ自分のニーズを優先する時だ」というSOSのサインでもあるのです。誘いやお願いを断ることが必要な時期かもしれません。
リチャードソン氏は、「ためこみや散らかりは、こうした思考が引き起こす感情的プレッシャーへの対処法として現れる」と語ります。ためこみは、ストレスを和らげる「自分なりの癒やしの手段」になっていることもあります。
物を溜め込むことで一時的には安心感が得られるものの、結局は人としての可能性を制限し、人生を豊かにする時間を奪ってしまうのです。
過去の物語にしがみついている
私たちは物に対して「感情的な理由づけ」や「思い込み」をしてしまい、それが生活の自由を奪っていることがあります。例えば、
「今は使わないけど、いつか必要になるかもしれないから取っておこう」
「壊れているけど、いつか直すつもり」
「今の体型は一時的かもしれないから、サイズが合わない服も取っておこう」
こうした考え方は、失うことへの不安を和らげる代わりに、自分を信じることや身軽な暮らしを妨げてしまいます。
非現実的な期待
リチャードソン氏によれば、ためこみ傾向のある人の中には、無意識のうちに「他人からの期待に応えるプレッシャー」を避けるため、体重を増やしたままにしている場合もあるそうです。
視点を変えれば、空間も変わる
リチャードソン氏は、「その散らかりや余分な体重が、自分にどんな役割を果たしているのかを考えてみてください」と言います。そして、「それがなくなったら、時間・空間・感情がどう変化するか」を想像してみてください。
視点の転換は、自分自身を大切にする行動につながります。散らかりを取り除くことで、運動や健康的な選択をしやすくなります。
整った住まいは、自己管理の意識や思慮深い選択を促します。整理されたキッチンは、健康的な食事や自炊を後押しします。小さな環境の変化が、健康における大きな変化につながります。
悪循環を断ち切るための実践法:心と家を整える
散らかりは、単に物理的な混乱を生むだけでなく、思考や感情にも霧をかけます。ですが、片付けは秩序と落ち着きをもたらし、心も住まいも穏やかに整えてくれます。
「散らかりは、だらしなさや整理下手の問題ではありません。それは“思考”や“信念”、そしてそれに基づく“行動”の結果です。思考を変えれば、行動も変わります」と、リチャードソン氏は語ります。
もしあなたが自己不信や優柔不断に悩んでいるなら、片付けは自信をつけるための力強い方法です。片付けは、要・不要の小さな決断の積み重ねであり、そのたびに自分を信じる力が強まります。
ポモドーロ・テクニックで集中と冷静さを保つ
リチャードソン氏は「ポモドーロ・テクニック」という25分間のタイマー活用法を勧めています。散らかりに圧倒されやすい人には、まず「その散らかった空間に座ってみる」ことから始めてみてほしいと彼女は言います。そして、「どこを片付けるかを決めたら、ポモドーロアプリで25分タイマーをセット」。その間、「この物は今の私にとって価値があるか? 将来必要か?」と自問しながら進めていきます。
感情の重荷を手放し、変化のための空間をつくる
罪悪感、怒り、悲しみといった感情は、私たちを過去に縛りつけてしまうことがあります。義務感で取ってある物を手放すことは、解放感をもたらします。それが高価だったり、使っていなかったり、贈り物だったり、誰かの形見だったりする場合でも、「なぜ手放せないのか」を認識することで、不要な物との別れがしやすくなります。
困難に直面したときは、瞑想、散歩、友人との電話などを通じて、感情を穏やかに整える手段も効果的です。
恐れに基づく思考を手放し、自信を持って手放す
物を捨てることは、「あとで必要になるかもしれない」という不安から難しく感じられることがあります。しかし、個人の成長は「快適ゾーンの外」に出ることで訪れます。
長年使っていない物や、重複している物を手放すことに挑戦してみましょう。寄付、再利用、廃棄のいずれかで、新たなスタートを切る準備を始めるのです。
片付けを始めてから、ブラッドさんの体重は結婚前のスリムで健康的な体型に戻りました。彼が気づいたのは、「やることが増えるほど、整っていないといけない」ということ。そして、「無駄なことに使う時間が減る」という事実です。
片付けは、ただ空間を整えるだけでなく、より健康的で意識的な人生を築くことにもつながるのです。
(翻訳編集 井田千景)
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