中国共産党演義

2006/05/29 10:45
 【大紀元日本5月29日】中国三大奇書(西遊記、水滸伝、三国志)のなかでも三国志演義は多数の読者を魅了して来た。筆者も御多分に漏れず小学生のころから吉川英治の三国志の桃園起義から五丈原まで夢中に読んだものである。若し将来、中華人民共和国演義なる小説が出るとすれば、故毛主席からここ数十年の中南海の住人達の評価や評伝はどのようなものになるのだろう。 登場人物に挙げられそうな人々の名前を想像すると、血沸き肉躍る華麗な三国志とは全く異なる陰惨を極めた読み物となるのではなかろうか。主役を勤めそうな毛主席は董卓と曹操を足して二で割ったような人物よりは、むしろ隋の煬帝、夏や殷の最後の皇帝と同じジャンルに属し、自らの権力欲を恣にした空前絶後の悪の巨魁となり、とても功罪半ばすると云うような中途半端な評価にはならないだろう。呂后、則天武后、西太后は何れも悪名高い女性ではあるが、無数の民草の命を絶ち運命を変えた点では江青女史が突出しているだろうし、十大元帥、人民大会堂を含む十大建築を指揮した建築家達まで含めると余りにも登場人物が多過ぎて将来の羅貫中も困るのではなかろうか。それでも従来の歴史書や長編小説とは二つの大いに異なるテーマが出てくることだけは間違いなかろう。

 昔から中国では水を制するものが天子となった。而して地大物博の中華が出来たのである。翻って今日の中国を見ると今や人口が世界の1/5を占め一人当たりの耕地面積は大半が山岳地で耕地に出来る割合が極めて限られた本邦より小さくなってしまい、無限とされた長江の汚染や黄河の断流等に象徴される水資源が枯渇の危機に瀕している冷厳な事実がある。汚水や化学物質による公害は次第に限界に達し、今や民衆の健康を蝕み始めるに至った。その原因は何か、いくら地大物博の大地と言えども無限ではない。人類史上空前の人口爆発を起した結果であろう。その結果として、導入された悪名高い一人っ子政策は、中国農民社会に於ける伝統的な男児選好にヒントを得たであろう政策、つまり受胎可能な女性の数が減れば長期的に人口が減少するという、冷徹とは言え、むしろ悪魔的とも言える強引な手法まで導入せざるを得ない事態にまで中国を追い込んだのは、革命後の10年間、為政者であった毛主席を領導とした中国共産党が、米国やソ連に対し人口を一種の武器と看做し、無節操に人口を爆発させた結果であろう。仮に中国の人口が、現在6億から8億程度であれば、人民の生活水準や国力が他国の羨む水準に達するにも、より早いペースが可能であろうし、水資源や公害も十分制御可能な水準になった筈であろう。

 人間である限り、思想や精神を掣肘することは、極論すれば、ある意味で人間を禽獣と大差ないものとする。元々中国は歴史的にも諸子百家に代表される思想家を輩出した大国であった。宗教においても儒教、仏教、道教はもとより無数の民間信仰も含め、多様な宗教や哲学が開花し共存した社会である。長い歴史のなかで為政者が国教を定め摩擦を生じたこともあったが、宗教対立が極端な形に至ることの極めて稀な寛容な国家でもあった。にも拘らず生硬にも宗教を麻薬であると断定し、思想の自由や宗教を弾圧抹殺して来たのが中国共産党である。五斗米教、白蓮教、太平天国の昔から各種の民間信仰に時として弊害があったのも事実ではあるが、宗教を無用の長物としたのが中国共産党である。筆者は全ての宗教に対して飽く迄中立の立場であるが、人間を組織的に殺戮したり奴隷労働に駆り立てたナチスドイツ、ソ連の強制収用所や中国の悪名高い労改という存在には正直なところ嫌悪感を覚えるのみである。勿論、凶悪な人間はどこの国にも存在する。死刑の是非についても賛否があろう。しかし、仮に最近報道されているように囚人、それも法輪功に帰依する無辜の民から抽出した内臓が移植に盛んに利用されていたとすれば、これは最早、人間を組織的に殺戮したナチスドイツと同類であろう。流言だとは思いたいが、以前中国では処刑された人の家族に銃殺に使用した銃弾の対価が請求されると云う話を聞いたことがある。中国人の得意とする流言蜚語の類かも知れないが、とても孔子を生んだ国の出来事とは思えない話である。過度の信仰には弊害もあるが、全てを唯物論で取り仕切ると、又、別の弊害を生じるのも道理である。元々、中国は中庸を是とする社会であった筈なのに。中国では歴代王朝が、前の王朝の正史を編纂して来た。その際、次の王朝にとって都合の悪いことは無視されるか、あるいは横暴の限りを尽くしたとか、残虐であったとか荒淫野猪の類であったとかの記述が多い。勿論、次の王朝を正当化するための便法であろう。この点はギリシャの英雄や歴代ローマ皇帝についても似たようなものである。一種の必要悪かも知れない。然しながら、将来の羅貫中が中国共産党と云う存在についてどれほど好意的な人物であったにしても、大躍進、文化大革命あるいは粛清の嵐を革命における回避不可能な試行錯誤として不問に付すことは先ずなかろう。勿論、三国時代の今も世に名高い官渡の戦いや、八十万の魏軍が壊滅したと伝えられる赤壁の戦いの背後にも大勢の民衆の難儀があったことは事実であろうが、戦時でもない文化大革命の最中に、無辜の数知れぬ民衆がどれ程の災難を蒙ったか考えると、後世の歴史家はもとより将来の羅貫中もなかなか筆が進まぬことであろう。何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」と喝破した老子の名言もある。唯物論にも良い点があろうが、極端に走るとマイナスも多かろう。公序良俗を犯し「愛国無罪」を叫ぶ青年達と江青女史が法廷で「革命無罪」と主張したのにはそれなりに共通点があるのではないか。三国志の英雄である曹操が「天地の間、人を以って尊しと為す」と詠ってから二千年も経つというのに。自然と人間精神の荒廃を招いた中国共産党の評価と位置付けに後世の羅貫中が苦労する事であろう。
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