【党文化の解体】第8章(18)

【大紀元日本12月11日】

5.混同された党と政府、国、民族の概念

6)中国共産党に鳴る弔いの鐘

(イラスト・大紀元)

中国共産党の終焉について耳にするとすぐに「では、私はどうすれば良いのか」と悩んでしまう中国人がいる。まるで中国共産党が終焉すれば彼の人生も終わるかのようだ。

「九評シンポジウム」で、ある年配の女性は「共産党が崩壊したら、今後誰が私たちに年金を払ってくれるのか」と質問した。講演者は「共産党がいなくなったら、現在の巨大な官吏組織もなくなる。この官吏たちは世界中で最も腐敗した官吏で、彼らがいなくなった後、中国人の年金はきっと倍増する」と答えた。

中華民族はとても偉大な民族である。共産党がいなくても良い生活を手に入れられることは、海外の華人の生活を見れば分かる。もし中国本土が共産党の統治下に置かれていなかったら、今日中国人の一人当たりの収入は台湾と比肩したはずで、そうすると中国の経済規模は米国の二倍になり、つまり米国、日本、ロシアなどの数カ国の総額になるので、中国はまだ今日の様子のままであったであろうか。

中国の政府官吏にとって、共産党がいなくなる日は彼らの末日ではなくて、本当の解放を迎える日になるのだ。今の官吏は中国共産党の暴虐な体制に従わなければならなくて、活力が束縛されて、真面目に仕事はすることができず堕落せざるを得ない立場にあり、共産党がなくなって、彼らははじめて才能を発揮できるのだ。

今日の中国人が暮らしてきた六十年余りは恐怖とでたらめに満ちたが、多くの国民の青春、理想、友情、愛情、婚姻、家庭、業績ないし人生全体は中国共産党統治下の歴史時期と分割できないほど絡み合っている。あの民主闘士たちも同じように、彼らの知恵と苦労もあの歴史と縺っている。そのため、多くの人はある程度中国共産党の罪悪を認識できるが、感情の上でまた中国共産党と党文化に大きく依存している。例えば、内心の情緒に合わせて無意識に「革命歌」を歌い出したり、あれこれの「赤色経典」を芸術と見なしたりして、不平不満があれば毛主席時代の「絶対的な平均」を偲んだり、外来の文化がもたらしたカルチャーショックを心配して党文化を中華文化と思って守ったりするなど。このような昔を懐かしむ情緒を抱えると、中国共産党の歴史と中国の現状を冷静に見ることができなくなる。自分自身の経歴は共産党と関連させられているため、自分に対する愛護の気持ちを知らず知らずに一部を中国共産党まで移した。いったん「共産党」がいなくなったら、どうしたら良いか分からなくなって、人生の意義まで失って、心の中は空っぽになったと感じる中国人もいる。

事業を成し遂げて人生の成功を手に入れる方法は多種多様だが、中国共産党は国民を「共産主義のために一生奮闘する」という空虚で険しい小道に強いたのだ。古来の聖人は正常な社会で、自分の努力と修養を通じて崇高な人生の境界に到達でき、各業種の英才たちも自分なりに社会に貢献していた。共産党を除去した中国社会はきっと仁、義、礼、智、信など中華の伝統道徳を回復でき、人と人の間はきっともっとむつまじくなる。

東欧の共産国が解体した後、民衆は党文化のうそに毎日包囲されるような生活から解放された。あれからニュースを見る時、政府に濾過されているかと心配する必要がなくなり、党文化に自分の考えを捻じ曲げられる心配もなくなり、自分の好きなように生活できるようになり、それこそ人間本来のあるべき生活である。中国共産党を無くして平和的に民主へ移行する道を中国人に断念させるために、中国共産党はずっと東欧諸国を故意に悪く宣伝していたが、実は一部の国を除いて、東欧の改革は全体的に成功だったといえる。東欧の民主改革から二十年経って、共産党も選挙に参加できるが、共産党を選ぶ国が一つもなくて、再び党文化に戻りたがる国民もいない。共産党と党文化を捨てた東欧の人々は、失ったのは刑務所だが、得たのは安らかで自由かつ正常な生活で、社会と国家は崩壊しなかったのみならず、かえっていっそう活気に溢れるようになった。

そのため、弔いの鐘は中国共産党だけのために鳴って、共産党の崩壊は中国が滅びることに等しくない。中国共産党は近代中国人の苦難の根源であり、盲目的に昔を懐かしむ行為は、共産党の体制を強化し、中国庶民が昨日の悪夢から抜け出すことをますます難しくしている。

中国共産党と党文化を解体することはどの中国国民にとっても、新生になることだろう。

(イラスト・大紀元)

(続く)