【モンゴル「草点」便り】タルバガン「草原に立つシッポ」(その2)

【大紀元日本9月20日】

1992年、二人の旅立ち

太古の人々は太陽が、昇り降りする音を聴いたと言います。朝陽が昇る音や、夕日が沈む音に耳を澄ませば今でも、自然賛歌の音(太陽のノイズ)が聞こえてきます。

馬頭琴を運命的に背負ったMildスマイルな渡り鳥・嵯峨治彦さんは1992年、北海道の大学で物理学を研究しながら、1枚のCDを通じて「のどうた」との運命的な出会いを果たし、だだっ広い農場を相手にただ一人、モンゴルの喉歌・ホーミーの笛のような音をキャッチするトレーニングに励んでいました。1995年ぐらいから飼い葉マーク(北海道では初心者印)を付けた馬頭琴を愛用し、独学でお馬さんを調教(運指練習)していました。

イギルを抱いたWildスマイルな渡り鳥・等々力(とどりき)政彦さんは、大阪大学で生物学を専攻し、小学校時代からの夢であったハイマツ(松)を追い求めて南シベリアへ。1992年、憧れであった初めてのトゥバ共和国(モンゴル国の西北部に隣接)旅行を楽しんでいました。その後、トゥバの喉歌・フーメイの手ほどきを地元で受け、やがてトゥバの2弦の弓奏楽器イギル(スプーン型の楽器)を懐に抱いてトゥバの民謡をフーメイと共に弾き語り始め、大阪のモンゴル料理店を拠点に人気を博し始めていました。

1998年、日本発の喉歌デュオ『タルバガン』結成

等々力さんが1996年に、「のどうたの会」を結成して馬頭琴の演奏活動をすでに始めていた嵯峨さんに電子メールの挨拶を送り、日本発の喉歌デュオ『タルバガン』結成に向かう最初のコンタクトが取られています。北海道で出会うと二人は意気投合し、たちまちお互いの音楽感性を素直に交歓し合うことが出来ました。創発的なムーブメントをもたらす『タルバガン』音楽が、日本の音楽風土の風穴の上に立つシッポとなった瞬間でした。

1998年結成の年には、3年に一度開かれる第3回フーメイ国際コンテスト(ユネスコ主催)に参加するや、外国人ゲスト部門優勝・総合準優勝の華々しい快挙を成し遂げています。喉歌の本拠地トゥバ共和国のコンテストで、ライバル関係にある喉歌・ホーミーとフーメイを日本的な感性によって融合し、喉歌の技法を踏まえて発表曲を演出し、その作戦が堂々と評価された力量は、二人のその後の活動のバックボーンとなっています。

日本発の喉歌デュオとして、中央アジア民族音楽ファンを唸らせて熱狂させただけでなく、馬子唄や追分、アイヌ音楽など日本人の感性をベースにした、新しいアジアミュージックの広がりと豊かさの可能性をアグレッシブに開いています。

日本の草原に立つ未知のシッポ

治彦さんと政彦さん、お二人の名前には「彦」が付いています。言葉の力や意味を大切にした日本では、男はヒコ(彦)、女はヒメ(姫)と名付けました。太陽の「ヒ=日」の恵みを受け取ってすくすく育つ男の子がヒコ(日子)であり、女の子はヒメ(日女)なのです。草原に立つ太陽の知恵のシッポは、日本の『タルバガン』という音楽ユニットが展開する<美=尾>学の可能性の中に、しぶとく逞しくこれからも生き続けることでしょう。人類からシッポがなくなって久しく、人間から失われたシッポ(太陽の知恵=本能)を求めて『タルバガン』の音楽に耳を澄ませば、あなた自身の日本的な未知のシッポ(ヒの知恵)を発見することが出来るでしょう。立ち昇る太陽のノイズを・・・。

タルバガンの全国ツアースケジュール

10月30日、11月3~5日:北海道

11月8、9、11日:東北

11月18、19日:大阪

11月23、24日:東京

詳しくはhttp://tarbagan.net/でご確認ください。

(ヤポンバヤル)