ファンタジー:個人タクシー「金遁雲」の冒険独白(10-1)

【大紀元日本9月20日】東京新宿の四谷は不思議な街だ。JR四ッ谷駅前の目抜き通りである新宿通り界隈には、上智大学を始め、学習院の初等科、双葉学園(高・中・小)などもあり、ハイセンスな町並みという印象も受けるが、双葉学園の奥に中華学校などもあることは余り知られていない。毎年「双十節」になると、都内の在日台湾人たちが、その国慶節を祝う。

新宿通りは、皇居方面に伸び、半蔵門に行き当たり、この界隈が江戸城を守る要所であったことを伺わせる。事実、大通りから一歩入った裏路地には、西念寺があって、ここに服部半蔵が眠っている。

西念寺界隈は、非常に変わった所だ。段々と高台になる地形であるし、なにしろ道幅が狭く、入り組むようにして曲りくねっており、この辺りが忍者屋敷であったことを伺わせる。そんな地形のためか、大きなスーパーなどは出店しにくく、この地形の不便さゆえに、昔ながらの商店街が生き残っているなどとは、半蔵氏も思いも寄らなかっただろう。

この日、私は「西念寺まで・・」という客を乗せ、この界隈にまで来たが、道が狭いことこのうえなく、またあちこちに一方通行があったりして、「世界一ややこしい地形だ」と嘆いていた。客を寺の山門で降ろし、帰るすがら、何やら古さびた商店街を見やると、痩せて肌の浅黒い少年が、肉屋の主人に捕まって、しこたま頭をこづかれている状況に出くわした。

「おい!そこの肉屋のご主人・・その少年が何かしたのですか?」と問うと、「運転手さん!この餓鬼はねぇ、店先にあるコロッケとか手羽先の唐揚げなんかをくすねて食っちまう常習犯なんだ。今日という今日は許さねぇぞ!頭蓋骨の形が変わるぐらいにぶん殴ってやる・・全く親の顔がみてぇや!」などと言っている。

「まぁまぁ・・どうせ子供の出来心でしょう。ここに千円ありますんで・・これでこの少年を許してやってくれませんか。私も帰国者ですが、大陸で食べ物に困ったことは何度もあります。成長期の少年にとって空腹より辛いものはないでしょう」と言って千円を主人に渡すと、「まぁ・・貰うもんを貰えれば・・何も文句はないもんで・・」といって、ひとまずはケリが付いた。

「おい少年!いくら腹が減っても人のモノを盗ったら泥棒だぞ!」と言って少年を見やるのだが、口の中に手をやって、浅黒い顔に微笑みを浮かべると、「・・アリガト・・○×△▲・・$%*???」などと聞いたこともない言語をしゃべって、脱兎の如く走り出した。「おい!待て待て!お父さんは、お世話になった人には、礼を言うように教えなかったのか~?」と言ってみたが始まらない。とりあえずは、金遁雲で追跡してみる気になった。

少年はいくつもの路地を曲りくねりながら、旧忍者屋敷界隈を出ると、新宿通りを駆け抜け、中華学校の方向に走ると、五番町のあたりで小さなプレハブ小屋に入り込んだ。車を降りて、玄関先まで来ると「・・中国太平天国教団・・東京支部」と読める。中国の地下教団組織なのだろうか・・・いずれにしても篤志家が運営していることには間違いないはずだ。

玄関を叩くと、中から黒装束に身を固めた神父らしき人物が出て来た。耶蘇教徒らしく十字架を胸に下げ、恭しく静かに一礼すると「始めまして・・ジェームズ劉です・・何かご用件ですかな?」などと言っている。私が、これこれしかじか「礼も言わずに脱兎の如く逃げるとは何事か?」と詰め寄ると、神父は静かに私を教会中に招いた。

中に入るとミサなのだろう・・十数人の信者が中国系なのだろうか、これまた中国語で何やら賛美歌のようなものを歌っている。「・・・我們的師父~♪我・我們的天王~♪洪~秀全♪・・我們的天堂~♪~太平天国教団~♪・・」、それにしてもこの神父、耶蘇教徒らしい清潔感の中に、何やら底知れない悲しみと殺気が漂っている・・非常に複雑な雰囲気を持った人物だ。

(続く)